グリフィス天文台

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グリフィス天文台(リニューアル前)

グリフィス天文台(-てんもんだい, Griffith Observatory)は、ロサンゼルスグリフィス公園内にある天文台1935年に建造され、アールデコ調の美しい外観と、市内が一望できるすばらしい展望から、カルフォルニア州有数の観光スポットとして長年人気を保ち続けている。天体望遠鏡プラネタリウムが公開されていたが、4年に渡る大規模な増改築ののち、2006年にリニューアルオープンし、展示場やシアター、カフェなどが加えられた[1]

歴史[編集]

天文台のある場所は、メキシコの銀鉱で財産を作った資産家のグリフィス・ジェンキンス・グリフィスが1896年にクリスマス・プレゼントとしてロサンゼルス市に寄付したもので[2]、広さは3015エーカー(約12平方km、東京ドーム約261個分)[1]。グリフィスがヨーロッパを視察した際に、整備された公園に感激し、ロサンゼルスの町の美化のため、市民の憩いの場所として、自分の名を冠した公園を作ってほしいと贈ったのが発端。[3]

のちにウィルソン山天文台を見学して感激し[3]、公園に天文台の建造を企画したが、グリフィスが殺人未遂を起こしたため、市が難色を示し、保留になった[2]。グリフィスは遺言で、天文台と劇場の建設の寄付を書き残し、死後10年ほどたった1930年に劇場が建設された。天文台は、1933年ロングビーチ地震の影響で、設計が手直しされ[1]、1935年に完成した。

G.J.グリフィス

グリフィス・ジェンキンス・グリフィス[編集]

天文台を寄付したグリフィス(1850 – 1919) は、英国ウェールズから10代のときにアメリカに移民し、貧しい中から、鉱山記者や鉱山アドバイザーを経て、メキシコの銀山で成功した人物。1882年にロサンゼルスに移住し、1887年に名家の娘と結婚した。

1896年12月に、市民へのクリスマスプレゼントとして広大な土地を公園用地として市に寄付し、町の名士となったが、1903年に休暇先のサンタモニカの高級ホテルで突然妻に発砲し、逮捕された。妻は片目を失ったが、一命を取り留めた。グリフィスは公には禁酒家を装っていたが、実は飲酒により偏執性妄想を患っており、事件のときも錯乱していたとされ、サン・クエンティン州立刑務所に2年間収監された[2]

出所後の1912年に名誉挽回のために天文台の寄付を申し出たが、犯罪者の名を冠する施設の建造に対して反対があり、生存中には実現しなかった。没後、グリフィス財団が作られ、遺言に従い、天文台と劇場が建設された。現在は、グリフィス公園内に銅像が建てられている。

舞台になった映画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 西海岸ものがたり「装いも新たに、Griffith Observatory」JDN, 2006.12.13
  2. ^ a b c Colonel Griffith J. Griffith one of L.A.'s more colorful figures The LA Times, June 12, 2011
  3. ^ a b A HISTORY OF GRIFFITH OBSERVATORYGriffith Observatory公式サイト