キルデリク3世

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キルデリク3世
Childeric III
フランク王
Jean Dassier (1676-1763) - Childéric III roy de France (754).jpg
在位 743年 - 751年
出生 717年
死去 754年
子女 テウデリク
王朝 メロヴィング朝
父親 キルペリク2世
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キルデリク3世Childeric III、またはChilderich717年頃 - 754年頃)は、メロヴィング朝の最後(第14代)の国王(在位:743年 - 751年)。フランス語名でシルデリク(Childéric)とも呼ばれる。キルペリク2世の息子[1]

生涯[編集]

先代のテウデリク4世の死去した737年から王位は空白であったが、743年初頭、宮宰カールマンピピン3世の兄弟により王位につけられた[1][2]。しかし、実権は宮宰ピピン3世に握られていた。751年、ピピンはサン=ドニ修道院長フルラッドを教皇ザカリアスのもとへ送り、教皇より「権力のない者を王としておくより、権力のある者を王とした方が良い」との回答を得た[3]。それに基づき同年11月、ピピンはフランク族の貴族たちによってフランク王に選出され、司教ボニファティウスから塗油を受け王位についた[4]。キルデリク3世は廃位され、髪を切られサン=ベルタン修道院に幽閉された。息子テウデリクもサン=ヴァンドリーユ修道院に幽閉され、メロヴィング朝は断絶した[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 柴田 他、p. 156
  2. ^ ル・ジャン、p. 38
  3. ^ 瀬原、p. 17
  4. ^ a b 柴田 他、p. 157

参考文献[編集]

  • 柴田三千雄 他 『世界歴史大系 フランス史1』、山川出版社、1995年
  • レジーヌ・ル・ジャン 『メロヴィング朝』 白水社、2009年
  • 瀬原義生 『ドイツ中世前期の歴史像』 文理閣、2012年

関連項目[編集]

先代:
テウデリク4世
フランク
14代
743年 - 751年
次代:
ピピン3世