キエフ・ペチェールシク大修道院

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ドニエプル川から見たキエフ・ペチェールシク大修道院

キエフ・ペチェールシク大修道院ウクライナ語:Києво-Печерська лавра[1];意訳:「キエフ洞窟大修道院」)はウクライナの首都、キエフペチェールシク地区に位置するキリスト教の大修道院である。

概要[編集]

大修道院内の一番大きな大聖堂である生神女就寝大聖堂(ウスペンシキイ大聖堂)。第二次世界大戦、1941年、キエフがドイツ軍の支配下にあった時、ソ連のKGBのスパイが大聖堂を爆破した。戦後、この事件はソ連のプロパガンダによって「ナチス・ドイツによる文化遺産の崩壊の一例」としてナチスによる蛮行であると歪曲され、事実は隠蔽された。大聖堂はソ連崩壊後、独立ウクライナ政府の支援によって再建された。

キエフ大公国の時代、1051年にキエフの郊外に建立された。中世から近世にかけてウクライナの宗教・教育・学問に大きな影響を与えつつ、様々な政権と争ってきた修道院である。

現在、大修道院の敷地は、キエフ・ペチェールシク歴史文化国立保護館の管理下にある部分と、モスクワ総主教の庇護下にあるロシア正教会系のウクライナ正教会が管理する部分とに分かれている。(モスクワ総主教庁系)ウクライナ正教会の現在の指導者はヴォロディームィル・サボダン府主教である。

キエフ・ペチェールシク大修道院は、聖ソフィア大聖堂などとともに「キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキエフ・ペチェールシク大修道院」の一部として、1990年世界遺産リストに登録された。

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関連記事[編集]

脚注[編集]

  1. ^ [クィーイェヴォ・ペチェールスィカ・ラーヴラ]

外部リンク[編集]