ガダルカナル (強襲揚陸艦)

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USS Guadalcanal (LPH-7).jpg
艦歴
発注: 1959年12月21日
起工: 1961年9月1日
進水: 1963年3月16日
就役: 1963年7月20日
退役: 1994年8月31日
その後: 2005年3月に標的艦として海没処分
除籍: 1994年8月31日
性能諸元
排水量: 19,395 トン
全長: 602.3 ft
全幅: 84 ft (25.6 m)
吃水: 27 ft (8.2 m)
機関: 蒸気タービン1軸推進、23,000shp
最大速: 23ノット (43 km/h)
乗員: 士官47名、兵員638名
兵装: 50口径76mm連装砲4基
20mmCIWSファランクス2基
シースパローSAM8連装発射機1基
艦載機: ヘリコプター11機(CH-53)または20機(CH-46)
輸送兵員: 2,000名
モットー: There When Needed

ガダルカナル (USS Guadalcanal, LPH-7) は、アメリカ海軍強襲揚陸艦イオー・ジマ級強襲揚陸艦の3番艦。艦名はガダルカナル島の戦いに因む。その名を持つ艦としては2隻目。

艦歴[編集]

ガダルカナルは1961年9月1日にフィラデルフィア海軍造船所で起工し、1963年3月16日にデヴィッド・M・シャウプ夫人(第22代海兵隊司令官デヴィッド・M・シャウプ大将の妻)によって命名、進水し、1963年7月20日にデール・K・ピーターソン大佐の指揮下就役する。

公試および艤装完了後、ガダルカナルはフィラデルフィアを出航し大西洋艦隊揚陸部隊に合流する。艦は乗艦、輸送およびヘリコプターによる攻撃を想定した新型艦艇として上陸作戦への柔軟性を提供することとなった。1963年10月23日にノーフォークを出航し、グアンタナモ湾での6週間の整調訓練後、ノースカロライナ州オンズロー・ビーチへ向かい、12月6日に上陸訓練を行う。その後はノーフォークを拠点として大西洋艦隊において訓練および即応作戦活動を1964年2月11日まで継続した。続く2ヶ月にわたって第12揚陸戦隊 (Amphibious Squadron, PhibRon 12) の旗艦として第12海兵隊進攻部隊と共にステーションで待機し、5月26日にフィラデルフィア海軍造船所のドック入りした。その後NATO軍の南スペインでの上陸演習、オペレーション・スティール・パイクに参加するため10月7日に再び展開した。

ガダルカナルは1967年まで大西洋艦隊で活動する。1966年7月21日にガダルカナルはケープカナベラル沖に着水したジェミニ10号の宇宙飛行士を回収した。1969年3月13日にはバハマ沖でアポロ9号を回収した。

1987年、ペルシャ湾での機雷掃海作業中にガダルカナルはイラン機雷敷設艇アジャール(Ajar)と遭遇する。艦載ヘリコプターによる攻撃と攻撃部隊の移乗によって敷設艇を捕獲する(アジャールは1815年以来アメリカ海軍が公海上で捕獲した2隻目の敵艦であった。もう一隻は1944年に護衛空母ガダルカナルが捕獲したU505であった。)。1991年には湾岸戦争においてイラク北部のクルド人救援活動、プロバイド・コンフォート作戦の第一陣に海兵隊員を輸送した。

ガダルカナルは1994年8月31日に退役、同日除籍され、ジェームズ・リバー予備役艦隊の一部として保管された後2005年3月に標的艦として沈められた。

外部リンク[編集]