カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー

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カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカー(1993年)

カール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーCarl Friedrich Freiherr von Weizsäcker[1], 1912年6月28日 - 2007年4月28日)はドイツ物理学者哲学者である。ナチス・ドイツの外務次官になったエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカーの息子で、戦後ドイツの大統領になったリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーの兄である。

1929年から1933年まで、物理学、天文学、数学をベルリンゲッティンゲンライプツィヒの各大学で、ハイゼンベルクフントボーアらに学んだ。原子核の研究を行い、1935年ハンス・ベーテとは独立に原子核質量公式(ベーテ=ヴァイツゼッカーの式)を発表した。1937年から1938年にかけて恒星のエネルギーの研究を行った。

第二次世界大戦中はカイザー・ヴィルヘルム研究所(のちのマックス・プランク研究所)の研究者でドイツの原子爆弾開発を行った。戦後はキリスト教の立場から平和運動を進める哲学者となった。1957年から1969年までハンブルク大学の哲学科で教授を務めた。

2007年4月28日シュタルンベルクにて死去。94歳だった。

脚注[編集]

  1. ^ ドイツ語のFreiherrは男爵を意味する単語であり、Freiherrはミドルネームではない。de:Freiherr等を参照。

関連項目[編集]