カール・フォン・プロイセン

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カール・フォン・プロイセン
Carl von Preußen
Prinz Carl von Preußen, um 1860.jpg
プロイセン王子カール、1860年頃
出生 (1808-06-29) 1808年6月29日
プロイセン王国の旗 プロイセン王国シャルロッテンブルク城
死去 (1883-01-21) 1883年1月21日(74歳没)
配偶者 マリー・フォン・ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ
子女 フリードリヒ・カール
ルイーゼ
アンナ
父親 プロイセンフリードリヒ・ヴィルヘルム3世
母親 ルイーゼ・フォン・メクレンブルク=シュトレーリッツ
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フリードリヒ・カール・アレクサンダー・フォン・プロイセンドイツ語: Friedrich Carl Alexander von Preußen, 1801年6月29日 - 1883年1月21日)は、プロイセン王国の王族。

生涯[編集]

フリードリヒ・ヴィルヘルム3世ルイーゼ・フォン・メクレンブルク=シュトレーリッツの三男として、シャルロッテンブルク城で生まれた。長兄はフリードリヒ・ヴィルヘルム4世、次兄はドイツ皇帝となるヴィルヘルム1世である。

1827年、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公マリーと結婚した。2人の間には3子が生まれた。

先代:
フェルディナント(廃止)
聖ヨハネ騎士団
ブランデンブルク大管区長
1853年 - 1883年
次代:
アルブレヒト