カレル・フサ

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カレル・フサ
生誕 (1921-08-07) 1921年8月7日
出身地  チェコプラハアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
死没 (2016-12-04) 2016年12月4日(95歳没)
学歴 プラハ音楽院パリ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 作曲家

カレル・フサ[1](Karel Husa、1921年8月7日 - 2016年12月14日[2])は、チェコプラハ生まれのアメリカ合衆国作曲家。晩年はニューヨーク州イサカに在住していた。

人物・来歴[編集]

フサは、プラハ音楽院パリ音楽院に学び、作曲をアルテュール・オネゲルナディア・ブーランジェに、指揮をアンドレ・クリュイタンスに師事している。

フサの才能が注目されるようになったのは、1954年コーネル大学教授としてアメリカに渡ってからである。1969年に「弦楽四重奏曲第3番」でピューリッツァー賞を、1994年に「チェロ協奏曲」でグロマイヤー賞を受賞し、その実力を証明している。

彼の作品の中でも、「プラハの春」を題材にした『プラハ1968年のための音楽』(吹奏楽曲)は、作曲者の出世作であり、のちにジョージ・セルの依頼により管弦楽用にも編曲され、広く演奏されている代表作である。

主な作品[編集]

管弦楽曲[編集]

吹奏楽曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「フーサ」とも表記されることがある
  2. ^ “カレル・フサさん死去”. 朝日新聞デジタル. (2016年12月17日). http://www.asahi.com/articles/DA3S12710017.html 2017年3月25日閲覧。