オリアーナ・ファラーチ

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オリアーナ・ファラーチ
Oriana Fallaci
Oriana Fallaci 2.jpg
誕生 1929年6月29日
イタリア王国の旗 イタリア王国 フィレンツェ
死没 (2006-09-15) 2006年9月15日(77歳没)
イタリアの旗 イタリア フィレンツェ
職業 ジャーナリスト作家
公式サイト Oriana Fallaci
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オリアーナ・ファラーチOriana Fallaci1929年6月29日 - 2006年9月15日)は、イタリアジャーナリスト作家および政治インタビュアー

生涯[編集]

オリアーナ・ファラーチ(1987年)

イタリア王国フィレンツェに生まれる。第二次世界大戦中に反ファシズム活動を行った。

1946年、新聞『Il mattino dell'Italia centrale』の特派員となり、10代からジャーナリストとして活動した[1]。1967年初め、従軍記者としてベトナム戦争を取材。また、印パ戦争にも赴いた。

フェルッチオ・デ・ボルトリコリエーレ・デラ・セラ紙の元編集長)は彼女を「我々の最も有名な女性作家」と呼んだ。ロサンゼルス・タイムズ紙は彼女を「事実上世界の誰もが否定しないジャーナリスト」と評した。

若い頃に彼女は多くの国際的指導者や有名人にインタビューを行った。彼女がインタビューした人物はヘンリー・キッシンジャーモハンマド・レザー・パフラヴィールーホッラー・ホメイニーレフ・ヴァウェンサヴィリー・ブラントズルフィカール・アリー・ブットーウォルター・クロンカイトムアンマル・アル=カッザーフィーフェデリコ・フェリーニサミー・デイヴィスJr.鄧小平グエン・カオ・キヤーセル・アラファートインディラ・ガンディーアレクサンドロス・パナグリスヴェルナー・フォン・ブラウンマカリオス3世ゴルダ・メイアグエン・バン・チューハイレ・セラシエ1世ショーン・コネリーが含まれる。

彼女はホメイニ師へのインタビューの後に『Ayatollah』のタイトルで本を出版したが、同書はイランでは発禁処分となった。

彼女は晩年をニューヨークで過ごした。肺ガンとの闘病生活は『the Other One』で語られた。彼女はその死の前日、2006年9月14日にイタリアに帰国し、生まれ故郷のフィレンツェの病院で9月15日の夜に死去した。

邦訳された著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Arico, Santo L. (1998). Oriana Fallaci: The Woman and the Myth. Southern Illinois University. p. 26. ISBN 0-8093-2153-X. https://archive.org/details/orianafallaciwom00aric_0/page/26 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

Websites[編集]

Obituaries[編集]

Articles by Fallaci[編集]

  • Rage & Pride by Oriana Fallaci, English translation by Letizia Grasso, from the four-page essay "La Rabbia e l'Orgoglio", that appeared in Italy's leading newspaper Corriere della Sera on September 29, 2001. (Note that the official edition by Rizzoli, is translated by Fallaci herself)
  • Rage and Pride, as translated by Chris Knipp.
  • On Jew-Hatred in Europe, by Columnist Oriana Fallaci, IMRA - Thursday, April 25, 2002 (Originally published in Italian in the Panorama magazine, April 17, 2002).
  • The Force Of Reason Excerpted portions of The Force Of Reason.
  • Oriana's last article (in Italian)

Articles about Fallaci[編集]