オットー2世 (バイエルン公)

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オットー2世
Otto II.
バイエルン公
ライン宮中伯
OttoIIvonBayernAgnesdieJuengere.jpg
オットー2世と妻アグネス
在位 1231年 - 1253年

出生 (1206-04-07) 1206年4月7日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
Flag of Bavaria (lozengy).svg バイエルン公領ケルハイム
死去 (1253-11-29) 1253年11月29日(47歳没)
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
Flag of Bavaria (lozengy).svg バイエルン公領ランツフート
埋葬 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
Flag of Bavaria (lozengy).svg バイエルン公領、シェイエルン修道院
配偶者 アグネス・フォン・ブラウンシュヴァイク
子女 エリーザベト
ルートヴィヒ2世
ハインリヒ13世
ゾフィー
アグネス
家名 ヴィッテルスバッハ家
父親 バイエルン公ライン宮中伯ルートヴィヒ1世
母親 ルドミラ・フォン・ベーメン
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オットー2世(Otto II., 1206年4月7日 - 1253年11月29日)は、バイエルン公ライン宮中伯ルートヴィヒ1世ボヘミアベドジフの娘ルドミラの子。

生涯[編集]

1222年ライン宮中伯ハインリヒ5世ハインリヒ獅子公の息子)の娘アグネスヴォルムスで結婚。この縁が元でライン宮中伯とバイエルン公はオットー2世の子孫に代々受け継がれていく事になる。ホーエンシュタウフェン朝に忠実であり、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の次男コンラート4世に娘のエリーザベトを娶わせている。

1253年、ランツフートで死去。遺領は長男のルートヴィヒ2世と次男のハインリヒ13世が共同統治する事になったが、1255年に分割、ルートヴィヒ2世はライン宮中伯と上バイエルン公となり、ハインリヒ13世は下バイエルン公として相続した。

家族[編集]

アグネスとの間に5人の子を儲けた。

  1. エリーザベト(1227年 - 1273年) - 1246年ローマ王コンラート4世と結婚、1259年チロル伯兼ケルンテン公マインハルトと再婚。
  2. ルートヴィヒ2世(1229年 - 1294年) - 上バイエルン公、ライン宮中伯。
  3. ハインリヒ13世(1235年 - 1290年) - 下バイエルン公
  4. ゾフィー(1236年 - 1289年) - 1258年にズルツバッハ=ヒルシュベルク伯ゲプハルト4世と結婚。
  5. アグネス(1240年 - 1306年)
先代:
ルートヴィヒ1世
バイエルン公
1231年 - 1253年
次代:
ルートヴィヒ2世(上バイエルン)
ハインリヒ13世(下バイエルン)
先代:
ルートヴィヒ1世
ライン宮中伯
1231年 - 1253年
次代:
ルートヴィヒ2世