オスバルド・ゴリホフ

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オスバルド・ノエ・ゴリホフ(Osvaldo Noe Golijov, 1960年12月6日 - )は、グラミー賞を受賞したアルゼンチンラプラタ出身のクラシック音楽の作曲家。

バイオグラフィー[編集]

オスバルド・ゴリホフは1920年代ルーマニアウクライナからアルゼンチンに移住してきた家族の中で、ラプラタで育った。少年の頃、ゴリホフはイディッシュ語を学んだ。

ゴリホフの母親はピアノ教師であり父親は内科医だった。彼はクラシックの室内楽とユダヤの典礼とユダヤの伝統音楽であるクレズマーアストル・ピアソラの新しいタンゴの喧噪の中で育ったと自分の公式Webサイトで語っている。彼はラプラタの音楽院でピアノを学び、ヘラルド・ガンディーニに作曲を学んだ。

1983年、ゴリホフはイスラエルに移りエルサレエム・ラビン音楽院でマーク・コピットマンに学び、その3年後妻であるシルビア・ゴリホフと共にアメリカ合衆国に移った。彼はペンシルベニア大学でPh.Dを取得するまでアメリカの作曲家であるジョージ・クラムに学んだ。

ゴリホフはマッカーサー奨学金やその他の賞を受けている。彼はスポレトUSA音楽祭、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団のミュージック・アライブ・シリーズ、他の音楽祭でレジデント作曲家を務めた。また、英国の作曲家であるマーク=アンソニー・タネジ、と共にシカゴ交響楽団のレジデント作曲家を務めている。

ゴリホフはマサチューセッツ州ウースターカレッジ・オブ・ホーリー・クロスの音楽のロヨラ教授(この大学で顕著な功績がある教授に与えられる称号)であり、1991年以来教壇に立っている。また、ボストン音楽院でも教えている。彼は家族と共にマサチューセッツ州ニュートンに住んでいる。

ゴリホフの音楽[編集]

ゴリホフと、ソフィア・グバイドゥーリナ譚盾ヴォルフガング・リームは、シュトゥットガルト国際バッハアカデミーよりヨハン・ゼバスティアン・バッハを記念する受難曲2000プロジェクトのために作曲を委嘱された。ゴリホフが提供したのは『La Pasion segun San Marcos(マルコ受難曲)』である。

彼はまた、クロノス・クァルテットセント・ローレンス弦楽四重奏団のために作曲とアレンジ作品を提供している。彼は頻繁に、ベネズエラの指揮者であるマリア・ギナーン(彼女は、2000年のオレゴン・バッハ音楽祭で『オケアナ』、2000年のシュトゥットガルト・ヨーロッパ音楽祭で『マルコ受難曲La Pasion segun San Marcos』の世界初演の指揮を務めた)、クラシックとクレズマーのクラリネット奏者デヴィッド・クラカウアー、アメリカのソプラノ歌手ドーン・アップショー(彼女は2005年のサンタフェ・オペラ音楽祭と2006年のロンドンのバービカン芸術センター、2007年のオペラ・ボストンで彼の新しいオペラAinadamar及びこの曲を抜粋したアリアとアンサンブルの世界初演を務めた)と仕事をしている。彼が最初に手がけた映画音楽はサリー・ポッター監督の2000年に製作した『耳に残るは君の歌声』である。より最近ではフランシス・フォード・コッポラ監督の映画『コッポラの胡蝶の夢』、『テトロ 過去を殺した男』の音楽を作曲している。

ゴリホフは、2007年のグラミー賞で、『Ainadamar: Fountain Of Tears』でベスト・オペラ・レコーディング賞、ベスト・クラシック現代音楽作曲賞の二部門を受賞している。

外部リンク[編集]