エントレ・リオス州

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エントレ・リオス州
Provincia de Entre Ríos
州旗 州章
(旗) (紋章)
位置
行政府所在地 パラナ
面積 78,781km2
自治体数 17
人口 1,255,787人(2008年)
人口密度 15.77人/平方キロメートル(2008年)
ISO 3166-2:AR AR-E
時間帯 UTC-3
ウェブサイト http://www.entrerios.gov.ar

エントレ・リオス州Provincia de Entre Ríos)は、アルゼンチン共和国の州。アルゼンチンの東部メソポタミア地方に位置する。西をサンタフェ州と、北をコリエンテス州、東をウルグアイと接している。州都パラナ。精神的にはブエノスアイレスよりもウルグアイモンテビデオに近く、数度に渡ってアルゼンチン(というよりもブエノスアイレス)から独立しようとしたことがある。 州都パラナフスト・ホセ・デ・ウルキーサアルゼンチン連合首都だった。コリエンテス州ミシオネス州と併せてリトラルをなす エントレ・リオス州の州旗は、ホセ・ヘルバシオ・アルティーガスの掲げた連邦同盟の旗(アルティーガスの旗)でもある。

歴史[編集]

もともとこの地にはチャルーア族グアラニー族が住んでいた。 スペインからの独立戦争に際してエントレ・リオス州はアルティガス連邦同盟に加わった。連邦同盟に属していたエントレ・リオス州のフランシスコ・ラミレス将軍は、統領のアルティガス将軍がポルトガルに敗北し、パラグアイに亡命した後も連邦同盟の将軍としてブエノスアイレスと戦い勝利したので、1820年から一年間、今のエントレ・リオス州とコリエンテス州ミシオネス州を合わせてエントレ・リオス共和国を樹立した。

州都パラナは1852年から1862年までアルゼンチン連合の首都となるが、実質的にはやはりブエノスアイレスが首都のようなものであり、都市としての発展はあまり見られなかった。

経済[編集]

ブエノスアイレス向けの農業が盛んであり、(国内の60%を生産する)、大豆小麦トウモロコシ柑橘類などが栽培され、ヨーロッパにも輸出される。また、アルゼンチンの鶏肉の37%、の25%が生産される。 他のリトラル地域のようにユーカリを使った林業が盛んである。

地理と気候[編集]

エントレ・リオスとはスペイン語で川の間という意味である。その名の通り北をグアイキラロ川、西をパラナ川、東をウルグアイ川に囲まれた島であり、橋が出来るまでは船でしか行くことが出来なかった。パンパにあり、どこまでも平坦な草原が広がる。対岸のウルグアイのように温泉も多い。 多くの国立公園や、イエズス会伝道所跡が残る。

芸術・文化[編集]

ウルグアイとの国境に近いグアレグアイチュでは毎年アルゼンチンで最も長いカルナバルが行われる。エントレ・リオス州はミュージシャンリリアナ・エレーロの出身地である。