ウォッカ・コリンズ (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ウォッカ・コリンズ
出身地 日本の旗 日本 東京
ジャンル グラムロック
活動期間 1971年 – 現在
レーベル 東芝EMI1970年代
ポリスター1990年代
メンバー アラン・メリル
旧メンバー 大口広司
かまやつひろし
横内タケ
加部正義

ウォッカ・コリンズ (Vodka Collins) は、1971年に結成され、東京を拠点とした日米混成のロック・バンド。

略歴[編集]

中心メンバーだったのは、ドラマー大口広司(元ザ・テンプターズ[1]、ボーカル/ギタリストのアラン・メリル[2]、ボーカル/ギタリストのかまやつひろし(後のムッシュかまやつ:元ザ・スパイダース[3]、ベーシストの横内タケ(元ハイソサエティーフォーリーブスのバックバンド)。横内はギタリストであったが、メリルとのセッションで、その演奏感覚を学びたいと思い、ベーシストとしてのバンド参加を決めたという[4]。活動の末期にメリルが脱退した後は、ベーシストを入れ、横内がギターを弾いた[4]。その後、1990年代に再結成して活動した際には、横内に代わって加部正義(元ザ・ゴールデン・カップス)がベースを担当した。

バンド名は、キース・リチャーズのファンだった大口が、ローリング・ストーンズのメンバーが好きなカクテルとされていたウォッカ・コリンズから名づけたものである[4]

ウォッカ・コリンズがリリースした楽曲は全て、リードシンガーだったアラン・メリルが作曲したオリジナル曲であった。アルバムは5枚制作されたが[5]、最も有名なのはグラムロックのアルバム『東京-ニューヨーク (Tokyo - New York)』で、1973年EMIからリリースされた。その他のアルバムには『Chemical Reaction』、『Pink Soup[6]、『Boy's Life[7]、『Boys In The Band』があった。このバンドの最も重要な功績は、日本語によるグラムロックの最初のシングルを録音して、発売したことであった。1972年の両A面シングル「Sands Of Time/Automatic Pilot」はEMIから発売された[8]

1973年4月27日に、ジャクソン5が日本初公演を東京の帝国劇場で行った際、ウォッカ・コリンズは前座を務めた。この公演はフジテレビが放送した。

バンドの創設メンバーでドラマーだった大口広司は2009年1月25日に死去した[9]2010年1月25日には、オリジナル・メンバー全員が参加し、大口の追悼コンサートが、東京のduo MUSIC EXCHANGEで開催され、富岡 "グリコ" 義広がドラムスを担当した。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]