ウィリアム・マッコール

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ウィリアム・キャメロン・マッコール
William Cameron McCool
NASA所属宇宙飛行士
誕生 1961年9月23日
カリフォルニア州サンディエゴ
死没 2003年2月1日(41歳)
テキサス州上空
他の職業 テストパイロット
階級 中佐
宇宙滞在期間 15日22時間20分
選抜試験 1996年NASA選抜試験
ミッション STS-107
記章 STS-107 Flight Insignia.svg

ウィリアム・マッコール(William Cameron "Willie" McCool、1961年9月23日-2003年2月1日)は、アメリカ海軍中佐アメリカ航空宇宙局宇宙飛行士である。STS-107のミッションではスペースシャトルコロンビアのパイロットを務め、大気圏再突入の際の事故で死亡した。

個人データ[編集]

マッコールは1961年9月23日にカリフォルニア州サンディエゴで生まれ、2003年2月1日、着陸予定時刻の16分前にコロンビア号空中分解事故によりアメリカ合衆国南岸沖上空で、妻と子供を残して死亡した。趣味はランニング、マウンテンバイク、ハイキング、キャンプ、水泳、ギターの演奏、チェス等である。ジョン・レノンの『イマジン』が好きで、ミッションの間にも聞いていた。好きなバンドはレディオヘッドで、『フェイク・プラスチック・ツリーズ』はミッションの間の起床の音楽にも使われた。マッコールはアメリカ海軍士官学校墓地に葬られている。

教育[編集]

受賞など[編集]

記念[編集]

海軍での経験[編集]

マッコールは1986年8月に基礎的な訓練を終えると、EA-6の訓練を受けるためワシントン州ウィッビー島の第129戦術電子戦飛行隊に配属された。最初に参加した作戦では、第132戦術電子戦飛行隊の一員として、空母コーラル・シー地中海に展開した。1989年11月、彼は海軍大学院とテストパイロット学校の共同教育プログラムの生徒に選ばれた。テストパイロット学校を1992年6月に卒業すると、彼はメリーランド州パタクセント・リバーのStrike Aircraft Test DirectorateでTA-4JとEA-6Bのテストパイロットを務めた。彼は様々な作戦で責任者を務めたが、最も大きな貢献は、EA-6Bの試験飛行を行ったことである。パタクセント・リバーでの作戦の後、マッコールはウィッビー島に戻り、第132戦術電子戦飛行隊として空母エンタープライズに乗った。エンタープライズでの指揮により、彼はNASAの目に留まった。

マッコールは、24の航空機で2800時間以上の飛行経験を持つ。

NASAでの経験[編集]

1996年4月にNASAの宇宙飛行士候補に選ばれ、8月からジョンソン宇宙センターで訓練を受けた。2年間の訓練と評価を終え、パイロットとなった。最初はコンピュータ支援部門に配属されたが、飛行ディレクターの技術補助の仕事も行った。STS-107でパイロットとして、15日と22時間20分の間、宇宙に滞在した。

宇宙飛行経験[編集]

STS-107(2003年1月16日-2月1日)は、コロンビアを用いた16日間のミッションで、科学実験が行われた。乗組員は2交代制で24時間働き、約80の実験が行われた。STS-107のミッションは、2003年2月1日、着陸予定時刻の16分前に大気圏再突入に失敗して終わった。

関連項目[編集]

引用[編集]

軌道上からは、国境がなく平和、美、壮大さに満ちた地球が見える。私達は、人類全体が国境のない世界を創造することができ、平和のうちに一体となって努力することができることを祈る。

外部リンク[編集]