イアン・ペイズリー

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イアン・ペイズリー
Ian Paisley
DrIanPaisley.jpg
生誕 (1926-04-06) 1926年4月6日
アーマー
死没 (2014-09-12) 2014年9月12日(88歳没)
ベルファスト
政党 民主連合党

イアン・ペイズリーIan Richard Kyle Paisley, Baron Bannside, PC1926年4月6日 - 2014年9月12日[1])はイギリス牧師、政治家。元北アイルランド自治政府首相、民主連合党(DUP)創設者、アルスター自由長老派教会創始者。北アイルランドのプロテスタントおよびユニオニスト(連合王国派)の中心人物の一人だった。男性

略歴[編集]

バプテスト教会牧師の家に生まれた。1946年、父親により叙任された。

北アイルランドはアイルランドの独立に従わず、イギリスの支配に留まっていた。アイルランド島住民の主流派はアイルランド人カトリックだが、北アイルランドは、ブリテン島より植民したイングランド系、スコットランド系・プロテスタントが、イギリスの権勢を背景に有力であった。北アイルランドがイギリスに留まったのはそのためだが、アイルランドとの紛争は絶えず、内部においてはユニオニスト政党であるアルスター連合党支配の元、抑圧されたカトリック系住民の不満が高まっていた(北アイルランド問題)。

ペイズリーは1951年にアルスター自由長老派教会を創始し、聖書直解主義・教会一致運動・反カトリック・反同性愛を掲げた。ローマ教皇を「反キリスト」「ローマの罪人」とたびたび非難し、1988年には、欧州議会で教皇ヨハネ・パウロ2世の演説を妨害し、「教皇ヨハネ・パウロ2世 反キリスト」と掲げたポスターを広げて見せたために議場から退席させられたこともあった。

ペイズリーは1950年代後半から、強硬なユニオニスト・ロイヤリスト(王党派)として活動するようになった。1956年、アルスター・プロテスタント・アクション(UPA)の結成に参加。アイルランド国防軍に対抗した自警団だが、1959年6月、ペイズリーはUPAの集会でカトリック住民の住所を名指しした。その結果、住居や商店が暴徒化したUPA関係者によって略奪され、ペイズリーは有罪判決を受けた。

1964年より、カトリック系住民による公民権運動が起きると、ペイズリーは徹底した弾圧を主張した。1966年、ノエル・ドハーティーと共にアルスター防衛委員会(UCDC)と、その準軍組織であるアルスタープロテスタント義勇軍(UPV)を結成した。UCDC・UPVは、同時期に結成されたアルスター義勇軍(UVF)と人的にも重なりが大きかったが、同年、UVFがテロ事件により結社禁止されると、ペイズリーは無関係と主張した。ペイズリーはその後も反カトリック暴動や襲撃を繰り返し、何度も逮捕された。

1970年イギリス総選挙で、アルスター連合党公認で立候補し、初当選。1971年9月30日、デズモンド・ボアールと共に民主連合党を結党した。

北アイルランド紛争が長期化した結果、1972年より北アイルランド議会は停止され、イギリス政府の直接支配下に置かれた。ペイズリーは1973年サニングデール協定に強硬に反対して失敗に終わらせ、1985年アングロ・アイリッシュ協定も強く非難した。演説での"Never, never, never!"(「決して、決して、決して!」)の決まり文句から、"Dr. No"の異名もあった[2]。この間、1979年6月に、欧州議会選挙で初当選した。1998年ベルファスト合意にも、ナショナリスト(アイルランド民族主義者)でIRA暫定派と関係の深いシン・フェイン党が合意に加わったことに抗議して反対した。こうしたことから民主連合党は、ベルファスト合意に加わったアルスター連合党に代わって、強硬なユニオニストの支持を集めた。

2006年10月のセント・アンドリューズ合意にようやく応じた。ペイズリーは再建された北アイルランド自治政府首相に、シン・フェイン党のマーティン・マクギネスが副首相になった(権限は両者対等)。長く敵対していた両者が、表立った協力関係を結んだことは画期的だった。2008年2月には、北アイルランドを訪問した、アイルランド首相のアハーンと会談した。

2008年1月、アルスター自由長老派教会議長を辞職した。3月4日、北アイルランド自治政府首相の辞職を明らかにしたが、これは民主連合党内の圧力を受けたものだった。後任の自治政府首相は、民主連合党のピーター・ロビンソン。2010年イギリス総選挙に立候補せず、政界引退。子のイアン・ペイズリーJrが、代わって初当選した。

2014年9月12日、死去した[3]

出典[編集]

  1. ^ I・ペイズリー前北アイルランド自治政府首相死去 時事ドットコム 2014年9月12日
  2. ^ Ian Paisley's "Never, never, never!" Speech (1985) -Youtube rabblerabbleRubble(英語)
  3. ^ Ian Paisley a "beloved husband" September 12 2014 - "Belfast Telegraph" アイリーン夫人による声明。(英語)

外部リンク[編集]