アーサー・パパス

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アーサー・パパス Football pictogram.svg
Arthur Papas.jpg
名前
本名 アーサー・パパスタマティス
Arthur Papastamatis
ラテン文字 Arthur Papas
基本情報
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
生年月日 (1980-02-12) 1980年2月12日(39歳)
出身地 オーストラリアの旗 オーストラリアメルボルン
監督歴
チーム
2010-2011 オーストラリアの旗 オークリー・キャノンFC英語版
2010-2011 オーストラリアの旗 オーストラリアU-17 (アシスタント コーチ)
2011-2012 オーストラリアの旗 ニューカッスル・ジェッツ (アシスタント コーチ)
2012 インドの旗 インドU-23
2012-2013 インドの旗 パリアン・アローズ
2013-2015 インドの旗 デンポSC
2014-2015 インドの旗 FCゴア (アシスタント コーチ)
2015 オーストラリアの旗 オークリー・キャノンFC英語版
2016-2017 オーストラリアの旗 グリーン・ガリーSC英語版
2017 サウジアラビアの旗 アル・イテファク (アシスタント コーチ)
2018 インドの旗 ノースイースト・ユナイテッド (アシスタント コーチ)
2019 日本の旗 横浜F・マリノス (コーチ)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アーサー・パパスArthur Papastamatis:1980年2月12日 - )は、オーストラリアのサッカー指導者。現在は横浜F・マリノスのコーチ。

経歴[編集]

指導者への道[編集]

サッカーの指導について学び始めたのは16歳からだったが、6度目の膝の手術を要する怪我により25歳で選手を引退してから本格的にサッカー指導者としての勉強を開始すべく大学に再び入学し、いくつかの指導者ライセンスを取得した。そして2008年にはオランダサッカー協会KNVB)がキャンベラで運営する指導者養成コースに参加し2年間を過ごした。[1]

現在保有する学歴・資格は次の通り。

運動学学士(2009年取得)

・スポーツ・コーチング学修士(2012年取得)

FFAサッカー・コンディショニング・ライセンス(2011年取得)

AFCプロライセンス(2014年取得)

オークリー・キャノンFC英語版[編集]

2010-2011シーズンの後半、パパスはビクトリア州プレミアリーグ英語版オークリー・キャノンFC英語版で監督に就任した。[2]30歳での監督就任はリーグの最年少記録であった。[1]2011年2月18日、監督として初めて迎えたノースコート・シティFC英語版との試合を3-2で勝利した。[3]そのままチームをプレーオフ進出に導くも決勝でグリーン・ガリーSC英語版に2-3の敗戦を喫した(2011年9月3日)。プレーオフ決勝に導いた手腕が評価され、ビクトリア州サッカー連盟英語版の年間最優秀コーチに選出された。[2]

ニューカッスル・ユナイテッド・ジェッツFC[編集]

オークリー・キャノンFC英語版でのシーズンを終えた後、パパスはニューカッスル・ジェッツのトップチーム・アシスタントコーチ兼ユースチーム監督に就任した。2011-2012シーズンのAリーグの最終成績は、トップチーム7位、ユースチーム8位となり、シーズン終了後に退任した。[4]

インド[編集]

ニューカッスル・ジェッツを退任するとパパスは全インドサッカー連盟(AIFF)と契約し、AIFF-FIFAナビムンバイ地域アカデミーの監督に就任した(ナビムンバイ・アカデミーは、AIFFとFIFAがインドに設置した多くのU-14世代向けのアカデミーの中で一番最初に開設したアカデミーである)。[5]

「ユース年代の育成システムの再構築を念頭に、AIFFのテクニカル・ダイレクターであるロブ・バーン英語版からAIFFに加わるよう要請されたんだ。彼はオーストラリアにサッカー哲学を植え付けた人物だよ。」とパパスはインドに来た理由を語った。また「インドは世界のサッカーシーンで成功を収めるための準備段階にある国だ。だからAIFFはFIFAとPSVと提携したんだし、インド・サッカーの未来を形作る非常に大きなプランを持っている。その肝がユース年代育成システムの構築なんだ。個人的に、これはとてつもなく大きなチャレンジだと思っている。眠れる巨人を起こして、強大な力を持たせることに挑戦するだからね。」とも語った。[2]

2012年5月22日、レイモンド・リブレフツ英語版インドU-23およびパリアン・アローズの監督就任要請を辞退したのを受け、パパスはインドU-23パリアン・アローズの監督に就任した[6]パリアン・アローズは、若手選手にプレーする機会を与えるためにAIFFが主導して設立したクラブである)。

2012年8月25日、パパスの監督デビュー戦となったデュラン・カップ英語版デリー・ユナイテッド英語版戦は2-2で引き分けたが、パリアン・アローズは続く試合でエア・インディアFCに破れデュラン・カップ英語版敗退が決まった(2012年8月28日)[7]

デンポSCFCゴア[編集]

パリアン・アローズを率いた後、2013年5月28日、Iリーグで3度の優勝を誇るデンポSCに3年契約で加入した。[8]イースト・ベンガルFCを5-1で下した後、パパスはクラブを退くことを決めた。この間、パパスはインディアン・スーパーリーグFCゴアでアシスタントコーチも務めていた。しかし健康上の理由で2014-2015シーズンの半ばでパパスはインドを去ることになった。[9]

オークリー・キャノンFC英語版への復帰[編集]

指導者としてのキャリアをスタートしたオークリー・キャノンFC英語版へ復帰する[10]2015 FFAカップ英語版決勝ラウンドへ導いた[11]が、準々決勝で敗退すると監督の職を辞した。

グリーン・ガリーSC英語版[編集]

2015年10月、2016-2017シーズンのビクトリア州プレミアリーグ英語版をともに戦う監督としてパパスを迎えるとグリーン・ガリーSC英語版が発表した。[12]2016 FFAカップ英語版ではベスト32でAリーグセントラルコースト・マリナーズFCに勝利を収める[13]など躍進し、準々決勝まで導いた。ドカティ・カップ英語版では決勝進出を果たし、リーグは5位で終え3年ぶりのプレーオフ進出を果たすも決勝でオークリー・キャノンFC英語版に敗退した。2017年も2年連続となるプレーオフ進出を果たしたが、海外からのオファーを受けてパパスはグリーン・ガリーSC英語版を後にした。

アル・イテファク[編集]

2017年2月23日、グリーン・ガリーSC英語版を離れアル・イテファクのアシスタントコーチに就任し、ウルコ・シャトーリ英語版監督の下、サウジ・プロフェッショナルリーグで指導すると発表された。[14]同リーグ初のオーストラリア人指導者となった。[15]

横浜F・マリノス[編集]

2019年1月13日、横浜F・マリノスのトップチーム・コーチに就任すると2019シーズン新体制発表会で発表された。[16]

サッカー哲学[編集]

オーストラリアU-20監督の­ヤン・フェルシュライエン英語版の哲学をパパスは支持している。

選手に対しては、積極性と先回りの思考(プロアクティブであること)を持って試合とトレーニングに参加することをパパスは求める。また選手には冷静で落ち着いた態度で接し、固い絆を形成することを好む。「冷静さを保ち、落ち着いて問題解決に向けて対処することが大事なんだ、感情的になるんじゃなくてね。選手との関係性は誠実さと信頼が鍵なんだ。」とパパスは語る。[1]

監督成績[編集]

2015年3月6日現在

チーム 就任 退任 記録
試合 勝率
オークリー・キャノンFC英語版 2010年 2011年 28 15 4 9 53.57
インドU-23 2012年5月22日 2013年 5 2 1 2 40.00
パリアン・アローズ 2012年5月22日 2013年 26 6 5 15 23.08
デンポSC 2013年6月 2015年2月 41 16 14 11 39.02
Total 100 39 24 37 39.00

タイトル[編集]

監督として[編集]

オークリー・キャノンFC英語版[編集]

準優勝:

個人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Arthur Who? - Australian FourFourTwo - The Ultimate football Website”. web.archive.org (2011年4月11日). 2019年1月13日閲覧。
  2. ^ a b c d :::: THE AIFF ::::”. web.archive.org (2012年5月24日). 2019年1月13日閲覧。
  3. ^ Australia - Victorian Premier League - Oakleigh Cannons vs Northcote City – Futbol24”. www.futbol24.com. 2019年1月13日閲覧。
  4. ^ DILLON, ROBERT (2012年5月24日). “Jets Youth and A-League assistant coach resigns” (英語). Newcastle Herald. 2019年1月13日閲覧。
  5. ^ Papas at the helm at AIFF academy” (英語). dna (2012年5月8日). 2019年1月13日閲覧。
  6. ^ Arthur Papas to coach India U-23 football national team” (英語). dna (2012年5月22日). 2019年1月13日閲覧。
  7. ^ Durand Cup 2012: Air India hold Pailan 1-1, while Sporting Clube de Goa thrash ONGC 3-1 | Barefoot Indian Football Magazine”. web.archive.org (2012年9月1日). 2019年1月13日閲覧。
  8. ^ Bera, Kaustav. “Arthur Papas is the new manager of former I-League champions, Dempo SC | Goal.com” (英語). www.goal.com. 2019年1月13日閲覧。
  9. ^ Noronha, Anselm. “Papas quits FC Goa due to ‘migraine’ | Goal.com” (英語). www.goal.com. 2019年1月13日閲覧。
  10. ^ Bleiberg departs Oakleigh Cannons” (英語). www.heraldsun.com.au (2015年4月22日). 2019年1月13日閲覧。
  11. ^ Cannons end South Springvale’s FFA Cup dreams” (英語). FFA Cup. 2019年1月13日閲覧。
  12. ^ Reserved, Copyright The Corner Flag © 2015 All Rights. “Papas signs on with Gully – The Corner Flag” (英語). 2019年1月13日閲覧。
  13. ^ Green Gully vs Central Coast Mariners, FFA Cup, Round of 32, 2nd Aug 2016” (英語). FFA Cup. 2019年1月13日閲覧。
  14. ^ Star FFA Cup coach heads to Saudi club” (英語). Hyundai A-League. 2019年1月13日閲覧。
  15. ^ greengully | Papas joins Al-Ettifaq” (英語). greengully. 2019年1月13日閲覧。
  16. ^ 2019シーズン チーム新体制及び選手背番号決定のお知らせ | ニュース一覧”. 横浜F・マリノス 公式サイト. 2019年1月13日閲覧。

外部リンク[編集]