アンナ・パヴロヴナ

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アンナ・パヴロヴナ
Anna Paulowna Romanowa
オランダ王妃
Anna Pavlovna of Russia by Nicaise De Keyser.jpg
出生 1795年1月18日
ロシア帝国の旗 ロシア帝国サンクトペテルブルク
死去 (1865-03-01) 1865年3月1日(70歳没)
オランダの旗 オランダデン・ハーグ
埋葬  
デルフト新教会
配偶者 オランダウィレム2世
子女 一覧参照
父親 ロシア皇帝パーヴェル1世
母親 マリア・フョードロヴナ
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アンナ・パヴロヴナロシア語: Анна Павловна Романова, ラテン文字転写: Anna Paulowna Romanowa, 1795年1月18日 - 1865年3月1日)は、オランダウィレム2世の王妃で、ウィレム3世の母。ロシア大公女ロシア皇帝パーヴェル1世と皇后マリア・フョードロヴナの第6皇女(第8子)、アレクサンドル1世の妹でニコライ1世の姉。オランダ語名はアナ・パウローナAnna Paulowna van Rusland)。

フランス皇帝ナポレオン1世の再婚相手に挙げられたが、母マリアの反対で実現せず、ナポレオンはオーストリア大公女マリア・ルイーザと再婚した。

1816年2月21日、アンナはオラニエ公ウィレム王子(のちのウィレム2世)と結婚した。アンナは夫である王に献身的であり、またハーグの宮廷に華やかな彩りを与えた。

子女[編集]

夫であるウィレム2世との間に4男1女をもうけた。

その他[編集]

キリの属名(Paulownia)はシーボルトが『日本植物誌』(1835年)においてアンナ・パヴロヴナに献名したもの。