ホラント王国

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ホラント王国
Koninkrijk Holland  (オランダ語)
Royaume de Hollande  (フランス語)
バタヴィア共和国 1806年 - 1810年 フランス第一帝政
オランダの国旗 オランダの国章
国旗国章
国の標語: Eendragt maakt magt(オランダ語)
オランダの位置
1807年のホラント王国の地図
公用語 オランダ語フランス語
首都 デン・ハーグ
ユトレヒト(1808年)
アムステルダム(1808年)
ホラント王
1806年 - 1810年 ローデウェイク1世
1810年 - 1810年ローデウェイク2世
変遷
成立 1806年6月5日
フランス帝国による併合1810年7月9日
通貨ギルダー
現在オランダの旗 オランダ
ドイツの旗 ドイツ

ホラント王国(ホラントおうこく、オランダ語: Koninkrijk Hollandフランス語: Royaume de Hollande)は、1806年から1810年まで現在のオランダに存在した、フランス帝国衛星国。この王国を指してオランダ王国と呼ぶこともある。

フランス皇帝ナポレオン1世によって送り込まれた弟ルイ・ボナパルトを国王(ローデウェイク1世)とし、バタヴィア共和国に代わって成立した。国名は、かつてネーデルラント連邦共和国において中心的な存在であったホラント州に由来する。

大陸封鎖令(1806年)をルイが拒否したことや、密貿易の横行、さらにイギリス軍が1809年にゼーラントへ上陸したことなどから、1810年にフランスの侵攻を受けて完全に併合された。侵攻前に退位したルイに代わり、息子のナポレオン・ルイ(ローデウェイク2世、後のナポレオン3世の兄)が、併合される前の10日間だけ王位に就いた。

関連項目[編集]