くるみ割り人形とねずみの王様

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ドイツの寄付金付き切手に使われたくるみ割り人形の絵(1971年)

くるみ割り人形とねずみの王様』(くるみわりにんぎょうとねずみのおうさま、Nußknacker und Mausekönig)は、E.T.A.ホフマンメルヒェン1816年に発表され、その後作品集『ゼラピオン同人集』に収められた。チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』の原作として知られる作品である。

物語[編集]

医務参事官シュタールバウム家のあるクリスマスの情景からはじまる。この家には上からルイーゼ、フリッツ、マリーの3人の子供がおり、下の娘マリーは7歳になる。彼女はたくさんのクリスマスプレゼントのなかから不恰好なくるみ割り人形をみつけ、これがすっかり気に入るが、これをフリッツが大きな胡桃を無理に割ろうとして故障させてしまう。くるみ割り人形を気の毒に思ったマリーは、その夜、戸棚に飾ってある他の人形のベッドを借りてくるみ割りを休ませようとする。するとあたりの様子が変化し、地面から7つの首をもつネズミの王様が軍勢をともなって現われる。それに対してくるみ割り人形が動き出し、ほかの人形たちを率いてネズミの軍を相手に戦争を始める。マリーがくるみ割りの窮地を救おうとすると、彼女は不意に気を失い、気がつくと包帯を巻かれてベッドに寝かされていた。母親たちの話では、マリーは夜中まで人形遊びをしているうちにガラス戸棚に腕を突っ込んで怪我をしてしまったのだという。

マリーが名付け親であるドロッセルマイヤーおじさんにこのことを話すと、彼は「ピルリパート姫」にまつわるおとぎ話を話して聞かせる。物語の中では姫はネズミの呪いを受けて醜くされてしまうが、時計師ドロッセルマイヤーとその甥の活躍でもとの美しさを取り戻す。しかしその身代わりにまだ若い甥のドロッセルマイヤーが醜い姿に変えられてしまったのだった。この話を聞くと、マリーは彼女のくるみ割りこそが青年ドロッセルマイヤーなのだと考える。こののち、マリーのもとに夜な夜なネズミの王様が現われ、くるみ割りの安全と引き換えにマリーのお菓子を要求するようになる。マリーが仕方なく戸棚の敷居に菓子を置いておくと、翌朝にはネズミによって食い荒らされているのだった。しかしネズミはさらにマリーの絵本や洋服まで要求するようになる。マリーが困ってくるみ割りに話しかけると、彼は一振りの剣を与えてほしいと答え、マリーは兄フリッツに頼んで兵隊人形の剣を一振りもらう。

その夜、くるみ割りがマリーのもとに現われ、もらった剣でネズミの王様に打ち勝ったことを告げる。そして助けてもらったお礼として、彼はマリーを美しい人形の国へ招待する。翌朝、自分のベッドで目覚めたマリーは夢のような人形の国の情景が忘れられず、家族にそのことを話してまわるが、誰からも取り合ってもらえなかった。そうした中、ドロッセルマイヤーおじさんが甥の青年を連れて尋ねてくる。感じのいいこの青年は、マリーと二人きりになると途端に、自分がマリーに救われたくるみ割り人形だと告げ、彼女のおかげでもとの姿に戻れたのだと話す。彼はいまや人形の国の王様であり、マリーを王妃として迎えに来たのだった。

解題[編集]

この物語はもともと、作者ホフマンが友人ユーリウス・エドゥアルト・ヒッツィヒドイツ語版の子供のために即興で作ったものであった。ヒッツィヒにはクララ、フリッツ、マリーという名の子供たちがおり、自分の娘を幼くして亡くしていたホフマンはこの子供たち、特にマリーをよく可愛がっていた。この話はマリーのためのクリスマスプレゼントとして作られたものであったらしい。作中で不気味な雰囲気を漂わせている、話好きで手先の器用な「ドロッセルマイヤーおじさん」には、容貌魁偉で「お化けのホフマン」などと言われていた作者ホフマンのイメージが重なる。

バレエ『くるみ割り人形』(1892年初演)のもとになった作品として知られているが、このバレエはアレクサンドル・デュマ・ペールによる、原作をかなり省略したフランス語訳がもとになっており、主人公の少女の名前が違うことをはじめ(バレエではマリーではなくクララ)ホフマンの作品とはかなり雰囲気に隔たりがある。このバレエのほか、バレエおよび童話を原作として映画やアニメーション作品がいくつもつくられている(くるみ割り人形 (曖昧さ回避)以下を参照)。

参考文献[編集]

  • E・T・A・ホフマン 『くるみ割り人形とねずみの王様』 種村季弘訳、河出文庫、1995年
  • ホフマン 『クルミわりとネズミの王さま』 上田真而子訳、岩波少年文庫、2000年

外部リンク[編集]