あるなする

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あるなする
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
所有者 太平洋沿海フェリー
日本カーフェリー
→シーコムフェリー
→マリンエキスプレス
ネグロスナビゲーション英語版
運用者 太平洋沿海フェリー
日本カーフェリー
→シーコムフェリー
→マリンエキスプレス
ネグロスナビゲーション英語版
建造所 日本海重工業富山造船所
姉妹船 あるごう[1]
航行区域 近海(非国際)[1]
IMO番号 7302093
改名 えびの
San Lorenzo Ruiz
経歴
起工 1972年8月3日[1]
進水 1972年12月15日[1]
竣工 1973年3月20日[2][1]
就航 1973年4月
要目
総トン数 6,884 トン[2]
載貨重量 2,480 kt[1]
全長 132.1 m
垂線間長 118.0 m[1]
22.7 m(上甲板)[1]
満載喫水 5.50 m[1]
機関方式 ディーゼル
主機関 IHI-SEMT-Pielstick 16PC2V 2基[1]
推進器 4翼可変ピッチプロペラ 2軸[1]
最大出力 16,000馬力[1]
定格出力 14,400馬力[1]
最大速力 22.4ノット[1]
航海速力 19.5ノット[1]
旅客定員 697名[2]
乗組員 70名[1]
車両搭載数 トラック92台、乗用車100台[2]
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あるなする(英:ALNASL)は、太平洋沿海フェリーが運航していたフェリー。船名は、いて座にある変光星のいて座ガンマ2星の固有名「アルナスル」に因む。

概要[編集]

日本海重工業富山造船所で建造され、1973年4月に名古屋 - 大分航路に就航した。その後減便に伴い1975年10月に日本カーフェリーに売却されえびのとなり、11月に神戸航路に就航した。

1990年、シーコムによる日本カーフェリーの買収でシーコムフェリー1992年にマリンエキスプレス)に継承された。1996年12月、みやざきエキスプレスの就航により、高千穂丸が神戸航路へ転配され、本船は引退した。

その後、海外売船され、フィリピンネグロスナビゲーション英語版San Lorenzo Ruizとして就航していた。

航路[編集]

太平洋沿海フェリー

本船の売却後はあるごうのみで運航された。

日本カーフェリー

阪神淡路大震災により東神戸フェリーセンターが使用不能となった際は、大阪南港フェリーターミナルを利用した。

設計[編集]

車両甲板幅を大きく取るため建造ドック幅に合わせたバルバスバウ付き傾斜船型を採用し、船首部にはバウバイザーと船尾右舷側にランプウェイを装備。船内はA-Cデッキと上甲板の一部を客室、上甲板と主甲板を車両甲板とし乗用車向けの主甲板については貨物車両の海上輸送推進を考慮しトラックの搭載を可能とした[1]

船内[編集]

船内は「明るさ」「若さ」「清潔さ」を基調に「ロマンチシズム」を加味し親しみやすくかつ気品と格調のあるものとし、若年層を主な対象としつつ中高年層にも好感を与えるように配慮された[1]

Aデッキ(遊歩甲板)[1]
  • ロビー - 前壁に国府宮はだか祭のレリーフを設け周囲を鏡張りとした。
  • シーラウンジ
  • 日光浴場
  • ゴルフバッティングコーナー
  • デッキチェア
  • ビアガーデン
Bデッキ[1]
  • 貴賓室
  • 特等室(和室・洋室)
  • 1等室(和室・洋室)
  • メインロビー - 前壁に長良川鵜飼のレリーフ、後壁に電光式の航路表示板を設けた。
  • 展示室 - 自動車等の大型製品を展示可能とした。
  • 浴場 -
  • 売店
  • 案内所
  • スナックバー - 木目を基調とした重厚な内装とし夜はバー、朝は軽食のサービスを行った。
  • レストラン - 白と赤を基調に明るく清潔で機能的なものとした。
  • グリル「あるなする」 - サクラ材の家具や造作等で高級かつ気品ある落ち着いたものとした。
  • ゲームコーナー
Cデッキ[1]
上甲板
  • 2等室
  • ドライバー室
  • ロビー
  • 浴場

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 三井造船株式会社・日本海重工業株式会社「長距離フェリー"あるなする"について」 - 船の科学1973年7月号
  2. ^ a b c d 昭和48年 WHEEL HOUSE, CONTROL ROOM” (PDF). 日本船舶海洋工学会関西支部 造船資料保存委員会 (2014年6月10日). 2018年5月13日閲覧。