宮崎カーフェリー

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宮崎カーフェリー株式会社
Miyazaki Car Ferry Co.,Ltd
Miyazaki Port Ferry Terminal.JPG
本社が存在する宮崎港フェリーターミナル
(宮崎県宮崎市)
種類 株式会社
略称 MCF
本社所在地 日本の旗 日本
880-0858
宮崎県宮崎市港3-14
設立 2018年3月[1][2]
業種 海運業
法人番号 7350001004438
代表者 代表取締役 穐永一臣
資本金 11億5000万円
支店舗数 2
主要株主 宮崎県
地域経済活性化支援機構
宮崎銀行
宮崎太陽銀行
外部リンク http://www.miyazakicarferry.com/
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宮崎カーフェリー株式会社(みやざきカーフェリー)は、関西地区と宮崎県フェリーで結ぶ海運会社として、歴史上少なくとも3つの会社が存在した(いずれもマリンエキスプレスの系統に属する企業である)。

  • 日本カーフェリーの子会社として1971年に設立された会社。(以下・初代法人)関西と宮崎県を結ぶ航路を運営。1972年に日本カーフェリー(後のシーコムフェリー→マリンエキスプレス)に統合された。
  • マリンエキスプレスより2004年に分社化され2018年まで存在した会社。(以下・2代目法人)
  • 上記の2代目法人を継承し2018年に設立された会社。(以下・3代目法人)

概要[編集]

おおさかエキスプレス(大阪港 現・こうべエキスプレス)

1971年から翌年にかけて初代法人が日本カー・フェリーの子会社として日向細島港から関西方面への航路を受け持つ会社として存在し、その後2004年4月に日本カー・フェリーの後身であるマリンエキスプレスより大阪 - 宮崎と貝塚 - 細島 - 宮崎の航路事業を分社化し2代目法人となり、2018年に特別清算を行い3代目法人が発足。宮崎県宮崎市に本社を置く。

企業概要[編集]

特別清算[編集]

  • 2代目法人はマリンエキスプレスから転籍した従業員の労働債務を引き継いだこともあり、当初から大幅な債務超過を余儀なくされており、原油高を背景とする燃料費高騰を受け貝塚航路からの撤退、燃料油価格変動調整金の導入、一部債務免除、大阪南港発着から神戸港発着への変更といったコスト削減を図り、収支改善を図っていた[3][4]
  • しかし2009年の高速道路料金引き下げ、東九州自動車道延伸に伴う大分港への貨物需要流出で収益改善の見通しが立たず、宮崎船舶から賃貸していた2隻の船舶は建造から20年以上が経過し老朽化が進行、新船建造の資金調達が課題となり、多額の債務償還のめども立たないことから、2017年11月に特別清算を申請し、金融機関などとともに地域経済活性化支援機構に支援を申し込み、3代目法人に事業譲渡を行った[3][4]

沿革[編集]

初代法人
  • 1971年 - 日本カー・フェリーの子会社として宮崎県日向市に設立。
    • 6月 - 神戸港(東神戸フェリーセンター) - 日向細島港間の航路を開設、「はいびすかす」を就航。
    • 11月 - 神戸航路の第2船として「はまゆう」を就航。
    • 12月 - 神戸航路の第3船として「るぴなす」を就航。
  • 1972年5月 - 大阪港 - 日向細島港航路を開設、日本カー・フェリー川崎 - 日向航路の「せんとぽーりあ」、神戸航路の「はいびすかす」を転用。
    • 6月 - 親会社の日本カー・フェリーに吸収合併され同社が運航航路を継承。
2代目法人
  • 2004年
    • 4月 - 会社設立[1]
    • 8月 - マリンエキスプレスより大阪航路(宮崎港 - 大阪港)、貝塚航路(宮崎港 - 日向細島港 - 貝塚港)を営業譲受。
    • 10月 - 貝塚航路のうち、細島港 - 宮崎港を運航休止。貝塚港 - 細島港のみの運航に。
  • 2005年
    • 3月 - 貝塚 - 日向航路の運航休止。
    • 6月20日- 貝塚航路、宮崎側の発着港を細島港から宮崎港へ変更し再開。旧マリンエキスプレスの京浜航路に就航していた「フェニックスエキスプレス」を投入し休止前の隔日運航から毎日運航に変更。
  • 2006年4月30日 - 貝塚航路、原油の大幅な価格上昇により休止。「フェリーひむか」「フェニックスエキスプレス」は売却された。
  • 2013年10月10日 - コスト削減のため神戸港再開発に合わせ、関西側発着港の神戸移転計画を発表[5]
  • 2014年10月1日 - 大阪航路、大阪南港から神戸港新港第3突堤(神戸三宮フェリーターミナル)へ移転、神戸航路とする。
  • 2017年11月20日 - 関係会社の宮崎船舶と合わせ債務整理を目的に特別清算の申請を発表、負債は2社合わせ89億3200万円(約15億7600万円、宮崎船舶約73億5600万円)[4][6][3]
  • 2018年2月16日 - 国土交通省九州運輸局より事業再生に伴う一般旅客定期航路事業の分割認可[2]
3代目法人

航路[編集]

神戸三宮フェリーターミナルに接岸する「こうべエキスプレス」

現在就航している航路[編集]

  • 宮崎港 - 神戸港・神戸三宮フェリーターミナル(2014年10月1日 - 上り下りとも毎日運航)
    • こうべエキスプレス(11,933トン)、みやざきエキスプレス(11,931トン)
    • 不定期に日向細島港から発着の場合あり。

過去の航路[編集]

初代法人
  • 日向細島港 - 神戸港・東神戸フェリーセンター(1971年 - 1972年日本カーフェリーに継承 マリンエキスプレス時代の1998年廃止)
  • 日向細島港 - 大阪港(1972年就航・同年日本カーフェリーに継承 1990年宮崎港 - 大阪港に変更)
2代目法人
  • 宮崎港 - 日向細島港 - 貝塚港(2004年8月 - 10月)
  • 日向細島港 - 貝塚港(2004年10月 - 2005年2月)
  • 宮崎港 - 貝塚港 (2005年6月 - 2006年5月 休止時点では、日曜日を除く毎日運航だった。)
  • 宮崎港 - 大阪南港・かもめフェリーターミナル (2004年8月 - 2014年9月30日)

船舶[編集]

運航中の船舶[編集]

ファンネルマーク

ファンネルマークは青一色(旧・マリンエキスプレスのファンネルマークを青一色に塗りつぶしたもの)。船体の塗装は旧マリンエキスプレス同様下半分があずき色、上半分が白色である。

就航中の現二隻は就航から20年を迎えており、2015年時点では2018年から2019年に代替の新造船の就航が計画されていたが[8]、2017年には特別清算の後地域経済活性化支援機構の支援や地元金融機関からの融資を受けて2022年頃に新造船就航の計画となっている[4]

1996年3月25日起工、1996年11月25日竣工、同年12月2日就航。
11,931総トン、全長170.0m、LPP158.00m、幅27.0m、満載喫水6.70m、
出力39,600ps、航海速力25.0ノット(最大26.55ノット)。
大錨6.975トン*2(AC14型) 錨鎖64m/m (右)300m、(左)300m。
バウスラスター22.3t(ノミナルスラスト)左舷機軸発電源駆動。
スターンスラスタ17.5t(ノミナルスラスト)右舷軸発電源駆動。
フィンスタビライザー9m*1組、面積9平方m、発生揚力75.3トン。空船時に18m/sの風を正横から受けた場合の風圧力=70トン
旅客定員690名。車両積載数:トラック130台、乗用車85台。三菱重工業下関造船所建造。
1996年11月起工、1997年7月28日就航。
11,933総トン、全長170.0m、幅27.0m。
出力39,600ps、航海速力25.0ノット(最大26.5ノット)。
旅客定員690名。車両積載数:トラック130台、乗用車85台。三菱重工業下関造船所建造。
大阪南港から神戸への航路変更に伴い2014年6月に船名を「おおさかエキスプレス」から「こうべエキスプレス」に変更。

過去に就航していた船舶[編集]

初代法人
  • はいびすかす
    • 5,954総トン、全長118.0m、型幅20.40m。
    • 1971年竣工、日本鋼管清水造船所建造。
  • はまゆう
    • 5,886総トン、全長118.0m、全幅20.4m
    • 1971年竣工、林兼造船下関造船所建造。
    • 航海速力20.0ノット、最高速力21.9ノット
    • 旅客定員1,010名、車両積載数トラック40台・乗用車110台
  • るぴなす
    • 総トン数 5,909 トン、全長118.0m、全幅20.4m
    • 1971年竣工、林兼造船下関造船所建造。
    • 航海速力20.0ノット、最高速力21.9ノット
    • 旅客定員1,010名、車両積載数トラック40台・乗用車110台
  • せんとぽーりあ
    • 5,960総トン、全長118.0m、型幅20.40m。
    • 1971年日本カーフェリーにて竣工、1972年宮崎カーフェリーに転属。
    • 造船所 日本鋼管清水造船所
    • 航海速力20.0ノット、最高速力21.9ノット
    • 旅客定員1,010名、車両積載数8トントラック40台・乗用車110台
2代目法人
フェリーひむか(宮崎港)
  • フェリーひむか
1995年7月3日起工、同年12月18日竣工、1996年3月28日初就航。
13,597総トン、全長195.95m、幅27.0m。
出力46,200ps、航海速力24.9ノット(最大27.5ノット)。航行区域:近海。
旅客定員350名(最大396名)。車両積載数:トラック154台、乗用車77台。[9]
九越フェリーれいんぼうべる」として就航し直江津 - 博多航路で運航されていたが、「ニューれいんぼうべる」就航後、宮崎カーフェリーに売却され「フェリーひむか」に改名。
貝塚 - 宮崎航路の休止後、2006年8月25日に他社へ売却ののち三井造船由良)にて「FERRY HIMUKA」に改名(パナマ船籍)。のち、長崎港で係船中の同年12月8日、「ARIADNE」に改名のうえギリシャ(HellenicSeaways社)へ売却され、同15日に同国へ向け出港した。
九越フェリー時代は僚船の「れいんぼうらぶ」とともに映画「白い船」のモデルとなったほか、宮崎カーフェリー時代は映画「LIMIT OF LOVE 海猿」の撮影にも使われるなど、映画と縁の深い船であった。
1993年6月竣工。
11,578総トン、全長170m、幅25.0m。
出力46,200ps、航海速力26.2ノット(最大27.4ノット)。
旅客定員660名。車両積載数:トラック104台、乗用車90台。[10]
2005年6月にマリンエキスプレスより移籍、貝塚航路に就航。2006年9月26日にイタリア(コルシカフェリーズサルディニアフェリーズ社)へ売却。

脚注[編集]

  1. ^ a b 宮崎カーフェリー株式会社及び宮崎船舶有限会社に対する再生支援決定について (PDF)”. 地域経済活性化支援機構. 2017年11月21日閲覧。
  2. ^ a b c 新生宮崎カーフェリーが始動 2022年新造船就航の方針 - WEB CRUISE(2018年3月1日)
  3. ^ a b c カーフェリー事業、船舶リース 宮崎カーフェリー(株)ほか1社 - 東京商工リサーチ
  4. ^ a b c d e 倒産速報 宮崎カーフェリー株式会社など2社 - 帝国データバンク
  5. ^ 神戸港に終点変更-宮崎カーフェリー - 夕刊デイリー
  6. ^ 宮崎―神戸間のカーフェリー維持へ 官民出資で新会社 - 朝日新聞社
  7. ^ 宮交HD 社長に穐永取締役 官民出資フェリー新会社 来月就任へ/宮崎 - 毎日新聞
  8. ^ 【社長インタビュー】地域と共栄し、新船へ 神戸移転一年、協議会発足 宮崎カーフェリー 黒木 政典 社長 - 輸送経済新聞社
  9. ^ 「フェリーひむか」要目(詳細)
    • 全長=195.95m、Lpp=175.0m、B=27.0m、D=20.65m、d(満載喫水)=6.70m、満載時Cb=0.530
    • 燃料消費=120.7t/day(常用85%にて)
    • 主機関4/4→後進全速・船体停止までの距離:1,407m(8Lpp)、時間:3分7秒
    • MaximumTransfer=782m(左転)/770m(右転)、MaximumAdvance=618m(左転)/640m(右転)
    • 満載出港GM=1.92m、傾斜試験時GoM=2.988m、舵面積比=1/33.95
    • 風圧側面積=満載時:4,047m2(この時に正横から18m/secの風を受けた場合の風圧力は82.0トン)、空船時:4,291m2(同、86.9トン)
  10. ^ 「フェニックスエキスプレス」要目(詳細)
    • 全長170m、Lpp=158.00、B=25.00m
    • 燃料消費=128t/day

参考文献[編集]

  • 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]