稲荷神社 (文京区千石)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。60.80.96.80 (会話) による 2022年6月12日 (日) 00:17個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎関連項目)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

稲荷神社

稲荷神社(左)と巣鴨大鳥神社(右)
所在地 東京都文京区千石4-25-15
主祭神 保食神(「巣鴨大鳥神社」としては日本武尊
創建 貞享5年(1688年
別名 子育稲荷神社
例祭 4月13日(「巣鴨大鳥神社」としては11月酉の日)
テンプレートを表示

稲荷神社(いなりじんじゃ)は、東京都文京区神社。なお、酉の市を挙行する摂末社の「巣鴨大鳥神社(すがもおおとりじんじゃ)」の方が有名で、社殿や鳥居も巣鴨大鳥神社の方が大きく(画像参照)、社務所の看板や御朱印も「巣鴨大鳥神社」名義であるため、「巣鴨大鳥神社の摂末社が稲荷神社」になった観を呈しているが、宗教法人を所轄する東京都[1]における宗教法人名は「宗教法人 稲荷神社」である。

歴史

1688年貞享5年)に創建された。隣にあった日蓮宗寺院「霊感院」(明治期に廃寺)が別当寺であった。1849年嘉永2年)、当時の霊感院大僧正は当社を「子育稲荷神社」として積極的に売り込んだ。その甲斐あって、多くの参詣者が訪れた。1864年元治元年)には、酉の市も始められた[2]

しかし、明治の神仏分離廃仏毀釈で霊感院は廃寺となり、当社を支えていた寺を失ってしまった。そして1945年昭和20年)の空襲で壊滅的打撃を受けた[2]

1949年(昭和24年)、豊島区法明寺鬼子母神堂の近くに住む武藤氏は、ある夜「東方に稲荷大神坐す、住する社なし、汝速やかに建立せよ。」という霊夢を見た。そして当社を発見し、私財を投じて仮社殿を建てたという。その後、少しずつ復興していった[2]

平成初期、規模の大きい新社殿に改築する計画があった。しかし平成不況によって立ち消え状態となり、今日に至っている[3]

交通アクセス

脚注

  1. ^ 東京都宗教法人名簿東京都生活文化局、23p
  2. ^ a b c 内海一紀 編『文京区神社誌』文京区神社総代会、1988年、59-61p,445p
  3. ^ 酉の市・巣鴨大鳥神社縁起巣鴨大鳥商店街

参考文献

  • 内海一紀 編『文京区神社誌』文京区神社総代会、1988年

関連項目