産業政策

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産業政策(さんぎょうせいさく)とは、政府の誘導によって特定の産業の発達を加速したり、保護するなどして産業構造を変化させる政策である。

概要

産業政策を最も広くとらえると、産業間の資源配分に影響を与える政策全てを含むことになり、政府が市場に代わってサービスを供給するようなものまで含まれてしまうが、通常「産業政策」という場合にはこれらは含まれず、たとえばIT産業の育成などといった政府による重点産業への保護や支援を指す。また、独占寡占による財やサービスの過小供給や価格、供給企業への超過利潤の発生などの問題は、産業政策と呼ばれることも多いが、狭義には競争政策規制政策として区別される。その他として、中小企業対策は産業政策とされることも多いが、その経済的な意味は明確とは言い難い。これを衰退産業からの撤退を緩やかに行うための消極的な産業構造調整政策と考えることもできるが、多くの場合に中小企業の保護や育成が永続的な政策とされており、所得再分配政策などの政治的な要請によるものと考えられる。

日本の産業政策

明治時代以降の日本の産業政策は、殖産興業政策に始まり、第二次世界大戦直後の傾斜生産方式、高度成長期の重化学工業の振興、国産コンピュータなど電機・電子産業の振興へと移っていった。第二次世界大戦前後の統制経済から、国内経済や国際競争力の回復に伴って貿易や投資の規制が緩和され、自由化が進み産業政策の重要性は低下するかに見えた。しかし、1970年頃からは日本の経常収支の黒字が定着し、欧米諸国を中心とした貿易摩擦が激化したことから、通商政策の一環としての産業政策が重要となった。繊維、鉄鋼、自動車や半導体の輸出自主規制を政府が主導するという形で、産業政策は展開して行き、繊維産業などでは新興工業国の追い上げによって産業の縮小を緩やかに円滑に行うという調整政策も行われるようになった。1990年代以降は、IT産業の振興やバイオ・テクノロジーなど先端技術産業の振興による国際競争力の強化や経済の活性化が産業政策の目的となってきている。

一方、農業振興は第二次世界大戦後大きな政治課題であったが、農業構造改善事業などに多額の国費を投入してきたにも関わらず生産性の向上は進まず、国際競争からの保護が政策の中心だった。この中心であった米の輸入制限が徐々に進められることによって、農業政策も保護から国際競争力の育成にシフトしつつある。

評価

第二次世界大戦後の日本の産業政策については、1990年代初めまでは高度成長の実現など日本経済の驚異的な発展の主要な原因の1つという肯定的な評価が多かった(ただし否定論も多い[1])が、1990年代半ば以降、日本経済が低迷を続ける中で、非効率な産業を温存し、日本経済が長期低迷を続けてた原因となっているという否定的な見方が多くなった。

第二次世界大戦直後の傾斜生産方式による石炭産業と鉄鋼業の育成、その後の石油化学工業など重厚長大産業の育成に経済産業省(当時の通商産業省)の産業政策が大きな役割を果たした成功例とされることが多い。その後も、二次にわたる石油危機を経て、日本経済を自動車産業や電機・電子産業といった加工組み立て型の製造業など高付加価値型の産業に転換していく上で、産業政策の役割を評価する声もある。一方、この時期に成功した企業の中には、自動車会社ではホンダ電機産業では松下電工(現 パナソニック電工)やソニーなど政府の産業政策の枠外で発展した企業が多かったため、「どの産業・企業が発展するか」という民間に分からないことが政府には分かり得るのか(どの産業を育成すべきか政府に正しく判別できるのか)ということが疑問視されるようになり、産業政策の成果にも懐疑的な見方が少なくない。コンピュータ産業の育成や半導体産業の育成が成功したと見るかどうかは、意見が分かれている。

産業政策の理論的基盤

石油危機以降、日本をはじめとした先進工業国各国では、経済成長率の鈍化が起こり、新興工業国の追上げなどによる需給構造の急激な変化もあって、産業調整を促す要因が増大した。第一次石油危機後、OECDでは、1978年のOECD閣僚理事会で積極的産業調整政策に関する一般方針が採択されるなど、政府の関与によって積極的に産業構造の転換を図るべきであるという考え方が採られるようになった。

国際経済学の観点からは、ポール・クルーグマンエルヘイナン・ヘルプマンらによる戦略的貿易政策(戦略的通商政策)が新たに産業政策の理論的な基盤として主張されるようになっている。

伝統的な貿易理論では完全競争的な世界を想定しているが、この世界では各国による生産費用の差から生まれる比較優位構造構造によって規定されている貿易パターンが、各国にとって最適な産業構造となるので、自由貿易が最適であって産業政策が登場する余地はない。これに対して、寡占的な市場では価格は限界費用とは一致しないので超過利潤が発生する。この超過利潤をどの国が享受するかが、国民的経済厚生の水準を決定する上で重要な意味を持ってくる。つまり政府が戦略的に特定の産業を育成する政策を採用することによって、自由貿易よりも良い結果を得ることができる可能性がある。

しかし、こうした可能性はしばしば保護主義的な政策を正当化するのに利用されることがあるという問題もある。そもそも「将来発展する産業が何かということは、民間では分からないのに政府なら分かるということはないはずだ」という産業政策に対する根本的な批判意見もある。

注釈

  1. ^ たとえば「産業政策論の誤解―高度成長の真実」、三輪芳朗, J.Mark Ramseyer など

関連項目