宮本悦朗
宮本 悦朗 | |
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生誕 | 1948年1月15日(76歳) |
出身地 | 日本 長崎県対馬市 |
ジャンル | 演歌、ムード歌謡 |
担当楽器 | ギター、キーボード |
活動期間 | 1967年 - |
共同作業者 | 内山田洋とクール・ファイブ |
宮本 悦朗(みやもと えつろう、1948年1月15日 - )は、日本の歌手。クールファイブに所属し、ピアノ、キーボードを担当。2006年に再結成し、現在はコーラスを担当している。長崎県対馬市美津島町賀谷出身。千葉県習志野市で歌謡スナック「クール101」を経営する。
来歴[編集]
1967年(昭和42年) - 長崎市にて内山田洋とクール・ファイブを結成。
1969年(昭和44年) - 「長崎は今日も雨だった」でレコード・デビュー。同曲で、第11回日本レコード大賞新人賞を受賞。NHK紅白歌合戦に出場。
1988年(昭和63年) - 7月7日に歌謡スナッククール101をオープン。
1994年(平成6年) - グループより独立。「宮本えいこプロダクション」スタート。アルバム「デビュー25周年記念感謝をこめて」CD発売。
1995年(平成7年) - シングル「みなと/人生花火」を発売。
1996年(平成8年) - 第41回衆議院議員総選挙に新進党公認で千葉県第7区から立候補、53,484票を獲得するが次点で落選。
2004年(平成16年) - クール・ファイブ出身「たくみ稜・小林正樹・宮本悦朗」の三人で新ユニット、サニーアンクル結成。
2006年(平成18年) - 内山田洋を追悼する意味で、一夜限りの再結成。
2010年(平成22年) - 9月、出身地の長崎県対馬市でコンサートを行った際、母校の対馬高等学校の吹奏楽部員の生徒とセッションを行った。
人物[編集]
歌番組などでは、頭髪が薄いなどの理由から、個性的な外見をもつと紹介される。
薄い頭髪とメガネがトレードマーク。趣味はゴルフ。
音楽教師を目指し、長崎大学教育学部を第1志望としてピアノを習い猛勉強するが、高3の秋に、父親が急逝。受験も失敗続きで2浪したが不合格。実家に帰るに帰れず、長崎のラウンジで弾き語りをしていた時に内山田洋に出会い、1967年9月の内山田洋とクール・ファイブ結成時のメンバーになる。内山田が2006年に逝去以降は前川清がメインボーカルの前川清&クール・ファイブを結成。
エピソード[編集]
- 前川清のそっくりさんである後川清(うしろかわ きよし)の『長崎の今日は晴れだった』のコーラスを、同じ元・クール・ファイブの小林正樹と共に担当。後川清とホット・ファィブとしてCDリリースされる[1]。
出演[編集]
映画[編集]
テレビ[編集]
バラエティー番組[編集]
テレビドラマ[編集]
- タリオ 復讐代行の2人 第2話(2020年10月16日、NHK総合・NHK BS4K) - 陽出教教祖 役
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ “MUSICCAP WEB SITE|レコーディングスタジオ・映像制作・番組制作・マルチスペースエフ”. www.musiccap.co.jp. 2023年4月3日閲覧。