大門 (岡崎市)

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日本 > 愛知県 > 岡崎市 > 岩津地区 > 大門
だいもん

大門
日本
都道府県 愛知県
市町村 岡崎市
地区 岩津地区
人口
 • 合計 4,349人
(大門1丁目)142人
(大門2丁目)714人
(大門3丁目)1,649人
(大門4丁目)917人
(大門5丁目)927人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
444-2135
市外局番 0564
ナンバープレート 岡崎

大門(だいもん)は愛知県岡崎市岩津地区町丁郵便番号は444-2135。

地理

岡崎市の北西部に位置する。南から時計回りに1~5丁目が置かれている。

河川

丁目

  • 1丁目
  • 2丁目
  • 3丁目
  • 4丁目
  • 5丁目

歴史

だいもんむら
大門村
廃止日 1889年10月1日
廃止理由 新設合併
大樹寺村大門村上里村鴨田村藪田村百々村大樹寺村
現在の自治体 岡崎市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
額田郡
隣接自治体 額田郡
上里村、薮田村、大樹寺村、日名村
碧海郡
森越村北野村
大門村役場
所在地 愛知県額田郡大門村
ウィキプロジェクト
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額田郡大門村を前身とする。

大門遺跡からは弥生土器などが出土している。かつての集落は矢作川右岸に位置し、大門の名は、古代北野廃寺山門があったことに由来するとされる[1]

13世紀に足利氏宗家第3代足利義氏鎌倉幕府の三河守護として拠点を構えて以降、岡崎は足利氏の第二の本拠地となり、1358年に足利尊氏が死去すると、大門の八剣神社[要曖昧さ回避]に足利尊氏石宝塔が作られた[2][3][4]

また八剣神社には鎌倉時代末から室町時代にかけて作られたと見られている木造神像(附薬師如来坐像)も伝わっており、足利尊氏石宝塔及び、1296年作成の懸仏とともに岡崎市指定文化財となっている[5]。1296年作成の懸仏によるとかつてこの地に大門寺という寺があり、その南方には勝蓮寺という寺があったとされる[6]

この他、八剣神社の敷地からは平安時代から室町時代にかけての土器も発掘されている[7][8]

1625年と1705年の矢作川決壊によって、現在の大門水郷公園周辺に大門池ができた。また大圓寺北から生じた水が、大門池に流れ込んでいた[9]

交通

道路
鉄道

施設

教育

脚注

  1. ^ [1]総務庁
  2. ^ 「市のあゆみ」岡崎市
  3. ^ 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
  4. ^ 「沿革」岡崎市
  5. ^ 「岡崎市指定文化財目録」岡崎市
  6. ^ 「愛知県における中世瓦の展開とその特徴」愛知県埋蔵文化財センター研究紀要 第15 号2014-3
  7. ^ [2]消防庁
  8. ^ 『新編岡崎市誌』
  9. ^ [3]消防庁
  10. ^ 「交通量調査位置図」岡崎市

参考資料

  • 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』、角川書店、1989年。
  • 『日本歴史地名大系 23 愛知県の地名』、平凡社、1981年。

関連項目

外部リンク