吉澤義則

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吉澤 義則(よしざわ よしのり、1876年8月22日 - 1954年11月5日)は、日本国語学者国文学者歌人

略歴

愛知県名古屋市に生まれる。旧姓・木村。愛知一中第一高等学校を経て東京帝国大学国文科卒業。同助手、広島高等師範学校教授、1908年京都帝大助教授、1918年文学博士号を授与され、1919年教授、1936年定年退官。京都帝国大学名誉教授。

訓詁学の基礎を築いたほか『源氏物語』の研究をし学者として初めてその現代語訳を行い谷崎潤一郎もこれを参考にした。短歌にも手を染め、多数の著作がある。

氏名の表記は「吉沢義則」とされることも多い。

著書

単著

校注・訳