劉唐

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劉 唐(りゅう とう)は、中国小説四大奇書の一つである『水滸伝』の登場人物。

梁山泊第二十一位の好漢。天異星の生まれ変わりで、渾名は赤髪鬼(せきはつき)(元は尺八腿)。漫画や挿絵では、茶髪だったり赤熊(しゃぐま)のような頭をしているが、実際は鬢(こめかみ辺りの毛)に赤痣があり、そこから赤毛が生えているという程度のものである。歳はかなり若いが、非常な大男で色は浅黒く脛毛が非常に濃いという異相の持ち主。博打や情報屋をしながら全国を放浪している侠客であり、登場時から山賊や無頼漢であった好漢の中では一番席次が高い。朴刀の達人で百人相手にしても引けを取らないほどの腕前、また槍の扱いにも長ける。性格は豪胆で、戦場では常に先陣を切っており義侠心も厚いが、短慮な性格でつまらないことで雷横と打ち合ったり、突出しすぎて捕虜になることも多い。晁蓋梁山泊入りのきっかけを作る人物である。


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


生涯

東潞州出身の劉唐は天涯孤独、侠客として各地を渡り歩いていた。ある時、北京の留守使梁世傑が舅であり宰相の蔡京に十万貫という莫大な誕生祝(実質は賄賂)を贈ると聞き、憤った劉唐はこれを奪い取ろうと考えた。しかし一人ではどうにもならないので天下に義士として名高く、人望も厚い済州東渓村の庄屋晁蓋の協力を仰ごうと考えた。

夜半に東渓村に着いた劉唐は、近くの廟に上がりこみ、そこの供物机の上で寝る事にした。しかし、劉唐の面相が異様で素っ裸だったため、巡回していた捕り方の雷横に不審者として縛り上げられてしまう。ここで劉唐はとっさに「自分は晁蓋の甥だ」と偽り、それを聞いた雷横は劉唐を晁蓋の屋敷に連れて行き引き会わせた。もちろん晁蓋と会うのは初めてであったが、晁蓋は劉唐の嘘に付き合ってくれたうえに、十両雷横に支払って劉唐を解放させた。これにより劉唐の晁蓋に対する心酔は確実なものとなった。しかし劉唐は「自分は無実なのに、なんで自由になるのに金を払わなきゃならないんだ」と腹を立て晁蓋の金を取り返そうと雷横と打ち合いを始めてしまう。これは勝負のつく前に呉用に止められ、晁蓋にもたしなめられた。

その後、晁蓋、呉用ら七人とともに、財宝強奪に成功した劉唐は、官憲の追及を逃れ梁山泊に亡命。林冲が陰険な首領王倫を殺害したことにより、晁蓋が新たな首領となり、劉唐も頭領の一人に名を連ねた。新体制が落ち着いた頃、劉唐は逃亡の際、協力してくれた宋江に謝礼の金百両と手紙を届けるよう命じられる。宋江は手紙のみを受け取るが、これが原因で追われる身となる。後、捕縛された宋江が江州で処刑されそうになった時は晁蓋らとともに刑場に乗り込み救出した。

晁蓋の子飼いであった劉唐はしばらくは晁蓋とともに梁山泊の留守を守ることが多くなるが、晁蓋死後は前線に立つことが多くなり、決まって真っ先に敵陣に切り込んで活躍した。108星集結後は歩兵軍頭領の一人に任命される。朝廷への帰順は積極反対派の一人だったが、帰順後も以前と同じように活躍。しかし、勇猛な反面、突出しすぎるきらいがあり、張清との戦いでは敵将との一騎討ちに敗れ捕虜となり、田虎戦でも喬道清の幻術にかかり捕らえられるなど、しばしば不覚をとった。方臘戦での杭州攻めでも突出癖は裏目に出てしまい、一番槍を狙って敵城内に突入した途端、敵の落とした城門の扉に押し潰されてしまった。梁山泊でも古参の劉唐の死を仲間達は深く悲しみ、宋江も「長い間苦楽を共にし、真っ先に敵と戦ってきたあの兄弟を、こんな形で死なせてしまうとは」と嘆いた。

関連項目