宣贊

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宣 贊(せん さん)は、中国小説四大奇書の一つである『水滸伝』の登場人物(「贊」は「賛」の異体字)。

梁山泊第四十位の好漢。地傑星の生まれ変わり。蛮将(異国の将)との弓比べに勝利した功により、郡王(皇帝の一族で王に継ぐ位)に婿入りしたが、その妻が彼の醜さを苦にして死去してしまったことから渾名は醜郡馬(しゅうぐんば)。郡馬は郡王の娘婿という意味である。身の丈8尺で鍋底のような顔を持ち、鼻の穴が上を向き、縮れ毛、赤髭を生やしていたという。得物は剛刀、弓の名手でもある。その醜さと生真面目な性格が災いし、出世できなかった。


注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。


生涯[編集]

宣贊は、優れた武芸の持ち主で塞外異民族との戦いで功を立てたため、さる王侯の娘婿となる。しかし、余りに醜い彼の容貌を嫌った相手の公主は、新婚の初夜に縊死。この事件と、剛直で生真面目な性格を時の禁軍の総帥・童貫に嫌われたため出世が出来ず、長く宮殿の警備隊長という低い身分に甘んじていた。ある年、梁山泊討伐の会議に参加した宣贊は、知り合いの関勝を総大将に推挙し、自らも関勝の部下、郝思文と共に副将として従軍。梁山泊に攻め入り、花栄の放った弓を3発もよけたが、秦明呼延灼孫立に敗北し、生け捕られる。宋江に梁山泊入りを勧められた3人はそれを承諾し、梁山泊入りした。

入山後も郝思文とともに関勝の副将となって行動を共にして北京攻めに参戦する。凌州攻めでは、出陣した単廷珪魏定国を関勝が投降するよう説得したが、激怒して襲いかかったのを迎撃するが、罠にはまり捕虜になる。護送中に偶然通りかかった李逵鮑旭焦挺らに救出され、凌州を落とす。その後も、東昌府戦に参加する。

百八星集結後、梁山泊の馬軍小彪将兼斥候となり、関勝の副将として童貫戦、遼国戦等の戦いに参戦する。方臘戦では、潤州、常州、蘇州へと進み、敵将の郭世広と戦い相討ちとなり戦死する。方臘平定後、義節郎に封ぜられる。

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参照[編集]