マイケル・ハワード (イギリスの政治家)
マイケル・ハワード Michael Howard | |
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2018年 | |
生年月日 | 1941年7月7日(82歳) |
出生地 | イギリス |
所属政党 | 保守党 |
第25代 保守党党首 | |
在任期間 | 2003年11月6日 - 2005年12月6日 |
マイケル・ハワード(Michael Howard、1941年7月7日 ‐ )は、イギリスの政治家。庶民院(下院)議員(期)。保守党党首(第25代)。両親はナチスによる迫害を逃れ英国に亡命してきたユダヤ系ルーマニア人。
概要
- イングランド南東部のフォークストーン・ヘイズ選挙区選出の下院議員。
略歴
経歴
政歴
- 1983年
- 1993年から1997年まで、ジョン・メージャー政権下で内相をつとめる。
- 1997年、「ニュー・レイバー」を掲げるトニー・ブレアの前に保守党は大敗し下野。辞任したメージャーの後任を選出する党首選に出馬するものの、ウィリアム・ヘイグに敗れる。
- 2003年3月、イラクへの武力行使を容認する決議案に賛成する。だが、その後ハワードの発言はブレを見せ始め、イラク戦争への評価は二転三転する。とりわけ、WMDに関する情報問題で米国を批判した際にはカール・ローヴを激怒させ、ホワイトハウスへの訪問を禁止される。
- 2003年11月6日、イアン・ダンカン・スミスの失脚に伴う後任選びで名前が浮上。党内右派を代表するデービッド・デービス下院議員が最有力とされていたが、デービスが出馬を断念。候補はハワードに一本化され、無投票で党首に選ばれた。
- 2005年5月5日、移民政策などで一定の支持を集め、総選挙で保守党は議席をやや回復させるもののブレア政権打倒には至らず、ハワードは党首辞任を表明。ただ、即時辞任は行わず、新党首就任までは暫定的にその職に留まり、デービッド・キャメロン、ジョージ・オズボーンの2人を後継者として育成。同選挙戦ではブレア首相を「うそつき」と強く批判したことで、労働党からの激しい糾弾にさらされる。後任党首にはキャメロンが就任した。2010年に政界から引退。
- 2016年11月、旭日重光章受章。
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