イアン・ダンカン・スミス
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Iain Duncan Smith
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2007年6月27日撮影
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| 生年月日 | 1954年4月9日(57歳) |
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| 出身校 | サンドハースト王立陸軍士官学校 |
| 所属政党 | 保守党 |
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| 内閣 | デービッド・キャメロン内閣 |
| 任期 | 2010年5月11日 - |
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| 任期 | 1999年6月15日 - 2001年9月18日 |
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| 任期 | 1997年6月2日 - 1999年6月15日 |
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| 選挙区 | チングフォード選挙区 チングフォード・ウッドフォードグリーン選挙区 |
| 当選回数 | 5回 |
| 任期 | 1992年4月9日 - |
イアン・ダンカン・スミス(Rt Hon Iain Duncan Smith MP、1954年4月9日-)は、英国の政治家、軍人。下院議員で現在5期目。保守党所属で、2001年から2003年まで党首を務めた。現在は雇用・年金大臣(2010年5月 - )。英国軍人時代の最終階級は陸軍大尉。エリザベス元夫人との間に4人の子供がいる。宗教はカトリックである。
[編集] 経歴
スコットランドのエディンバラ生まれ。母方の曾祖母は日本人で8分の1だけ日本人の血を引いている。また劇作家のジョージ・バーナード・ショーは曾祖父にあたる。青年時は英国陸軍のスコットランド近衛連隊に所属し、陸軍大尉を最後に退役した。
政治キャリアのスタートは1992年以降で、マーガレット・サッチャー元首相の側近ノーマン・テビット元貿易産業相の引退に伴い同年の総選挙に出馬、下院議員に当選を果たし、以来現職である。当選後は、ジョン・レッドウッドやマイケル・ポーティロらと党内右派として立ち回り、当時のジョン・メージャー首相と政策的にたびたび対立した。
2001年の総選挙での惨敗を受け、ウィリアム・ヘイグ党首が辞任した後に行われた党首選で勝利し、2001年9月に党首に就任するが、トニー・ブレア首相の個性の前に埋没、党内ではブレア首相に対抗できないとの声が相次ぎ、2003年10月には党内から党首不信任決議案が提出、可決され辞任を余儀なくされた。後任には論争に強いマイケル・ハワードが就任した。
また、イラク戦争に対しては一貫して積極論者で、2002年9月の『デイリー・テレグラフ』への寄稿でサッダーム・フセイン政権打倒の旨をこの時点で表明している。2003年3月の同戦争開戦前には、持論に基づきブレア首相と党首会談を行い、イラクに対する武力行使容認決議可決・英軍参戦への流れを決定付ける。ただ、同戦争でブレア政権全面擁護の立場に立ったことは、同政権と保守党との政策的相違を曖昧にし、自身の失脚の一因ともなる。
2005年12月より、保守党社会正義調査会の座長を務める。
2010年5月、デービッド・キャメロン内閣の発足に伴い、労働及び年金大臣に指名された。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: イヴェット・クーパー |
2010 - |
次代: (現職) |
| 先代: ウィリアム・ヘイグ |
2001 - 2003 |
次代: マイケル・ハワード |
| 先代: ジョン・メイプル |
1999 - 2001 |
次代: バーナード・ジェンキン |
| 先代: ハリエット・ハーマン |
1997 - 1999 |
次代: デイヴィッド・ウィレッツ |
| 議会 | ||
| 先代: (選挙区創設) |
チングフォード・ウッドフォードグリーン選出 イギリス下院議員 1997 - |
次代: (現職) |
| 先代: ノーマン・テビット |
チングフォード選出イギリス下院議員 1992 - 1997 |
次代: (選挙区廃止) |
| 党職 | ||
| 先代: ウィリアム・ヘイグ |
保守党党首 第12代:2001 - 2003 |
次代: マイケル・ハワード |