フランソワ=ルネ・デュシャーブル

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フランソワ=ルネ・デュシャーブルFrançois-René Duchâble, 1952年4月22日 パリ - )はフランスピアニスト

1964年よりパリ音楽院に学び、13歳でピアノ科の首席となる。3年後にブリュッセルエリザベート王妃国際音楽コンクールに入選。その後アルトゥール・ルービンシュタインの目に留まり、その励ましと支援を得て演奏活動に乗り出す。それ以降は、ヨーロッパ米国カナダ日本コンサート・ピアニストとしての地位を確立することに成功した。

デュシャーブルは、ベートーヴェンシューマンブラームスラヴェルバルトークらのピアノ協奏曲や、ショパン、シューマン、リストプーランクらのピアノ曲の演奏によって名高い。さまざまな音楽祭にも出演しており、たとえばザルツブルクルツェルンプロムスロッケンハウスの常連として知られている。ウィーンベルリンロンドンでもさまざまな演奏会に参加している。またロンドン・フィルハーモニー管弦楽団ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団パリ管弦楽団スイス・ロマンド管弦楽団モントリオール交響楽団と共演を重ねている。 2003年に演奏活動と決別し、引退。