ケイデンス・レコード
ケイデンス・レコード | |
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設立 | 1952年 |
設立者 | アーチー・ブレイヤー |
解散 | 1964年 |
ジャンル | ロック、ポップス、ジャズ |
国 | アメリカ合衆国 |
ケイデンス・レコード(Cadence Records)は、アメリカにかつて存在したレコードレーベルである。1952年設立。1964年廃業。
歴史
1952年、人気司会者アーサー・ゴッドフリーの番組[1]の音楽監督であった指揮者・バンドマスターのアーチー・ブレイヤーによって設立される。最初のレコードはゴッドフリー司会の番組出身者のジュリアス・ラ・ローザのデビュー曲『Anywhere I Wander』であった。初期の所属歌手はゴッドフリー司会の番組出演者が占めた。
1953年10月、ブレイヤーとラ・ローザがゴッドフリーの番組を解雇される。
1954年、コロンビア・レコードから移籍したザ・コーデッツの『Mr. Sandman』が全米1位を記録する。前年にRCAレコードからデビューしたアンディ・ウィリアムスが所属となる。
1955年、俳優ビル・ヘイズの『デイビー・クロケットの歌(The Ballad of Davy Crockett)』が全米1位を記録する。
1957年、エヴァリー・ブラザースのデビュー曲『バイ・バイ・ラヴ』が全米2位、『起きろよスージー』が全米1位を記録する。
1958年、エヴァリー・ブラザースの『夢を見るだけ』が全米1位、『バード・ドッグ』が全米2位を記録する。ザ・コーデッツの『ロリポップ』が全米2位を記録する。アンディ・ウィリアムスの『カナダの夕陽(Canadian Sunset)』全米7位を記録する。
1960年、ジャズとブルース専門の子会社キャンディド・レコードを設立する。ジョニー・ティロットソンの『ポエトリー』が全米2位、全英1位を記録する。
1962年11月、コメディアンのヴォーン・ミーダーがジョン・F・ケネディのモノマネで吹き込んだコメディ・アルバム『The First Family』が発売2週間でミリオンセラーを達成し史上最速の売り上げ記録を作る。同アルバムは計750万枚を売り上げ、翌1963年のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞する。3月には続編も製作される。11月22日、ケネディ大統領暗殺事件が起こると、死を利用して儲けたくないというプロデューサーのボブ・ブッカーとアーリー・ダウドの意向のために売れ残りのレコードを全て廃棄し絶版にする[2]。(1999年にCDで再発)
1964年9月、ブリティッシュ・インヴェイジョンの影響を受け、版権をアンディ・ウィリアムスによって設立されたバーナビー・レコードに売却し廃業する。
主なアーティスト
- ジュリアス・ラ・ローザ
- ジャネット・デイビス
- フランク・パーカー
- マリオン・マーロウ
- マリナーズ
- ザ・コーデッツ
- アンディ・ウィリアムス
- エヴァリー・ブラザース
- ジョニー・ティロットソン
- ドン・シャーリー
- リンク・レイ
- ヴォーン・ミーダー
- レニー・ウェルチ
- エディ・ホッジス
脚注
- ^ 「Arthur Godfrey Time」「Arthur Godfrey's Talent Scouts」「Arthur Godfrey and His Friends」
- ^ The Kennedy family proved to be great material for this vintage comedy albumPRI 2014年11月26日