S・S・ヴァン=ダイン
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S・S・ヴァン=ダイン(S. S. Van Dine, 1888年10月15日 - 1939年4月11日)は、米国の推理作家・美術評論家。
目次 |
[編集] 経歴
本名はウィラード・ハンティントン・ライト(Willard Huntington Wright)。1888年アメリカ・ヴァージニア州に生まれる。ハーバード大学卒業後、美術評論家として雑誌や新聞に寄稿していた。しかし生活への不安などから健康を害し、長期療養を余儀なくされる。病気療養中、暇つぶしに読んだ英国ミステリーに圧され、2年間で2000冊の推理小説を読破したといわれる。退院後、推理小説を書き始め、1926年に第一作『ベンスン殺人事件』を上梓、たちまち大評判となる。その後、死去するまでに12作の長編推理小説といくつかの犯罪実話を執筆。さらに評論・アンソロジー等も精力的に発表した。アンソロジー『世界短編傑作集』序文の推理小説を書く上での鉄則を記したいわゆるヴァン・ダインの二十則も有名である。アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を酷評したことでも知られる。
12作の長編全てに名探偵ファイロ・ヴァンスが活躍する。ヴァン=ダインは面白い長編小説を書くのは一作家6作が限度だろうとしていた。その言葉通り、12作のうち前期6作、とくに『グリーン家殺人事件』や『僧正殺人事件』の評価は非常に高い。対照的に後期6作の評価は芳しいものではない。特に11作目の『グレイシー・アレン殺人事件』は、映画製作を前提としてヒロインをフィーチャーして執筆されたもので、作風とそぐわないキャラクターが登場する。また最終作の『ウインター殺人事件』は、完成稿に取り掛かる前に作者が亡くなったため、作風である衒学趣味的な言説がほとんど見られない作品となっている。
自国の本格ミステリー小説が低迷していたアメリカに彗星の如く現れ、以後のミステリーに絶大な影響を与えた。以後のアメリカ本格派を代表するエラリー・クイーンも彼の影響を公言している。
[編集] 著作
[編集] ファイロ・ヴァンスもの
- ベンスン殺人事件 (The Benson Murder Case, 1926年)
- カナリヤ殺人事件 (The Canary Murder Case, 1927年)
- グリーン家殺人事件 (The Greene Murder Case, 1928年)
- 僧正殺人事件(The Bishop Murder Case, 1929年)
- カブト虫殺人事件 (The Scarab Murder Case, 1930年)
- ケンネル殺人事件 (The Kennel Murder Case, 1931年)
- ドラゴン殺人事件 (The Dragon Murder Case, 1933年)
- カジノ殺人事件 (The Casino Murder Case, 1934年)
- ガーデン殺人事件 (The Garden Murder Case, 1935年)
- 誘拐殺人事件 (The Kidnap Murder Case, 1936年)
- グレイシー・アレン殺人事件 (The Gracie Allen Murder Case, 1938年)
- ウインター殺人事件 (The Winter Murder Case, 1939年)
原題は第11作を除き、全作が「The + 英単語6文字 + Murder Case」で統一されている。
[編集] リレー長編
- 大統領のミステリ (The President's Mystery Plot, 1935年)
フランクリン・ルーズベルトの提出したプロットをもとに6人の作家が書き継ぐ(のちにE・S・ガードナーが改訂)
[編集] 外部リンク
- Biography
- Contemporary Biography: Biography
- Bio and Work Analysis: Biography
- Bibliography of UK first Editions: Bibliography


