n-ブチルリチウム

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N-ブチルリチウム
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識別情報
CAS登録番号 109-72-8
PubChem 61028
ChemSpider 10254339
日化辞番号 J370K
特性
化学式 C4H9Li
モル質量 64.06 g mol−1
外観 無色液体
通常は溶液で用いる
密度 0.765 g/cm³(液体、25 ℃)
融点

−76 °C

沸点

分解
80 - 90 ºC (0.0001 mmHg)

への溶解度 激しく反応する
シクロヘキサンへの溶解度 可溶
ジエチルエーテルへの溶解度 soluble
酸解離定数 pKa > 35
構造
分子の形 四量体(溶液中)
双極子モーメント 0.97 D
危険性
主な危険性 空気中で発火
腐食性のLiOHへと分解
関連する物質
関連する有機リチウム化合物 sec-ブチルリチウム
tert-ブチルリチウム
ヘキシルリチウム
メチルリチウム
関連物質 水酸化リチウム
出典
Encyclopedia of Reagents for Organic Synthesis; Vol. 1, pp. 899–907.
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

n-ブチルリチウム (n-butyllithium) は有機合成上で重要な有機リチウム化合物である。n-BuLi と略記される。ポリブタジエンスチレン・ブタジエンゴムなどを得るアニオン重合の開始剤として広く用いられている。有機合成化学においては強塩基、プロトン引き抜き剤やリチオ化剤として広く用いられている。n-ブチルリチウムを含む有機リチウム化合物全体の、世界での年間生産量及び消費量は約1,800トンと見積もられている。

性質[編集]

ブチルリチウム及びその溶液は発火性を持つため、空気へ晒さないよう注意しなければならない。水と激しく反応してブタン水酸化リチウムを与える。

C4H9Li + H2O → C4H10 + LiOH

二酸化炭素 (CO2) とも反応し、吉草酸リチウムを生成する。

C4H9Li + CO2 → C4H9CO2Li

炭素とリチウムの電気陰性度が大きく異なるため、炭素−リチウム結合は非常に大きく分極しているが、イオン性結合ではない(電気陰性度: C = 2.55, Li = 0.98)。電荷分離の正確な状態は知られていないが、55–90% と推測されている。それにもかかわらず、ブチルリチウムはしばしばブチルアニオンとリチウムイオンのように振る舞うと考えられることがある(下図参照)。

n-ブチルリチウムのイオンモデル

しかしながらこのモデルは、n-BuLi がイオン性ではないという点で厳密には正しくない。固体状態ではもちろん、溶液中においても n-BuLi は炭素−リチウム結合を持つ他の有機リチウム化合物と同じようにクラスターを形成している。n-BuLi の場合、ジエチルエーテル中では4量体を、シクロヘキサン中では5量体を形成している。炭素−リチウム相互作用は2中心2電子結合ではない。単純にリチウムの原子価殻の電子が不足しているだけである。4量体クラスターでは2つの平衡状態がみられる。1つはリチウムと CH2R が立方体の頂点に交互に配置した状態であり、もう1つはリチウム原子部分と炭素鎖部分がそれぞれ4量体となり、それらが互いに構造体を形成しているというものである。このような固体状態での構造は、非極性溶媒中でも維持されている。4量体リチウムクラスターの周りにある電子不足の多くの炭素鎖は、2電子4中心結合によりリチウムを安定化している。リチウムが非占有軌道を使って多くの炭素鎖に配位するという性質と同じく、n-BuLi は溶液中で他のσドナーに配位可能である。

生産[編集]

標準的な生産法は臭化ブチル塩化ブチルと金属リチウムとを反応させるというものである。

2 Li + C4H9X → C4H9Li + LiX

ただし X = Cl, Br

この反応は金属リチウム中に 1% のナトリウムを入れておくことで加速される。この反応ではベンゼン、シクロヘキサン、ジエチルエーテルなどが溶媒として用いられる。臭化ブチルが前駆体となった場合、反応物は臭化リチウムとブチルリチウムが混在してクラスターを形成した、一様な溶液となる。一方塩化リチウムとの錯形成能は比較的弱いため、塩化ブチルとリチウムの反応では塩化リチウムの沈殿が生成する。

反応[編集]

ハロゲン - リチウム交換反応[編集]

n-BuLi はハロゲン化アルキルハロゲン化アリールなどの有機ハロゲン化物、特に臭化物と交換反応を起こし、新たな有機リチウム化合物を生成する。

C4H9Li + RBr → C4H9Br + RLi

このようにして生成した有機リチウム化合物 (RLi) は単離されることなく用いられる。RLi は求核性のある炭素原子を持つこととなる。これらの反応はジエチルエーテル中、−78 ℃で行われることが多い。

トランスメタル化反応[編集]

似たような反応として、2つの有機金属化合物がその金属を交換するトランスメタル化反応が挙げられる。このような反応の例として多く挙げられるのはリチウムとスズの交換反応である。

C4H9Li + Me3SnAr → C4H9SnMe3 + LiAr

ただし Ar: アリール基(芳香族置換基)、Me: メチル基

リチオ化[編集]

n-BuLi の最も特徴的な性質の1つは、その塩基性である。tert-ブチルリチウム (t-BuLi) と sec-ブチルリチウム (s-BuLi) はより強い塩基として用いられる。n-BuLi は、電子の非局在化により共役塩基が多少安定化されている炭化水素水素原子を引き抜くことができる。アセチレン (H−C≡C−R) やメチルホスフィン (H−CH2PR2)、フェロセン (H−C5H4) などがその例として挙げられる。ブタンの安定性と揮発性から、この脱水素化反応は便利であると言える。n-BuLi の速度論的な塩基性は反応溶媒に依存する。

LiC4H9 + R−H \overrightarrow{\leftarrow} C4H10 + R−Li

テトラメチルエチレンジアミン (TMEDA) や DABCO といったリチウムイオンへの配位能を持つ化合物は炭素−リチウム結合を分極させ、リチオ化を促進する。このような添加剤はリチオ化された化合物を単離するのに有用である。有名な例としてジリチオフェロセンが挙げられる。

Fe(C5H5)2 + 2 LiC4H9 + 2 TMEDA → C4H10 + Fe(C5H4Li)2(TMEDA)2

THFの分解[編集]

THFはブチルリチウムによって分解する。特にTMEDAの存在下では、THFの酸素に隣接する4つのプロトンのうちの一つを引き抜く。この過程は、ブチルリチウムが消費されてブタンになり、逆向きの環化付加反応を引き起こしてアセトアルデヒドエノラートエチレンを与える。この反応は、ドライアイス/アセトンの冷却バスで−78 ℃のような極低温で行う。

アルデヒドやケトンの生成[編集]

n-BuLiを含む有機リチウム化合物は特定のアルデヒドやケトンの生成にも用いられる。1つの例として、有機リチウム化合物と2置換アミドとの反応が挙げられる。

R1Li + R2CONMe2 → LiNMe2 + R2C(O)R1

アルケン合成[編集]

有機リチウム化合物はアルケンの生成にも用いられる。加熱するとβ水素脱離を起こし、アルケンと水素化リチウムを生成する。

C4H9Li → LiH + CH3CH2CH=CH2

安全性[編集]

ブチルリチウムは空気と水に非常に敏感であり、空気に晒すとしばしば発火する。取り扱う際には不活性ガス下で、活性を落とさないように保存、取扱を行わなければいけない。

参考文献(英語)[編集]

関連項目[編集]