KBブリッジ

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KBブリッジ (Koror-Babeldaob Bridge) は、パラオ共和国の旧首都コロール島バベルダオブ島を結ぶ

[編集] 旧KBブリッジ

1977年アメリカの援助を受けて、韓国資本の建設会社 "Socio Construction" により建設されたコンクリート橋。当時の "Socio Construction" は実質的に投資会社であったため、設計はアメリカの "Alfred A. Yee and Associates" とドイツの建設会社であるDyckerhoff & Widmann AG(現:DYWIDAG)が行い、施工は "Dyckerhoff & Widmann AG" が行った。

この橋の建設業者選定に際して入札が行われ、"Socio Construction" が、鹿島建設の半額の入札価格を提示し落札した。 なおこの "Socio Construction" 社は、1994年に崩落した韓国聖水大橋(施工は韓国の東亜建設)に係わった会社として日本では知られているが、"Socio Construction" は韓国人出資によるパラオ共和国の会社であり、その関係性は不明瞭である。

各国の会社による補修、補強工事が何度も行われていたが、1990年、顕著な中央部の陥没に際したパラオ政府は、"LOUIS BERGER INTERNATIONAL INC." と国際協力機構(日本)から派遣されたチームによる安全テストを行い、「建設当時並びに現状では安全であるが、このままでは陥没が進行する」という結果が出たため、補強工事を選択した。

1996年9月26日に突然中央部から真っ二つに折れて崩壊し、2 名が死亡、4 名以上が怪我を負った。

橋はコロール島から空港へと向かう唯一の道路であり、また、バベルダオブ島からコロールへ供給されていた電気、水道などのライフラインが通っていたため、一時は国家非常事態宣言が出された。

[編集] 新KBブリッジ

2002年1月、日本政府開発援助 (ODA) によって再建された橋。正式名称は「日本 - パラオ親善の橋(通称:日帛友好橋)」という(Japan - Palau Friendship Bridge)。

旧KBブリッジ崩落を受け、各国は支援を開始した。日本も飲料水の緊急輸送や仮設橋(pontoon bridgeと呼ばれるプレートをつないで作る浮き橋)の設置などの支援を行っていた。パラオ政府が財政的な理由から自国の資金による建設を断念したため、1997年に無償援助による橋の再建を決定し鹿島建設によって再建された。

5年後の2002年1月に橋は完成し、1月11日には開通式典が行われた。この新しい橋のたもとの記念碑には、日本-パラオ親善の橋 (Japan - Palau Friendship Bridge) と刻まれ、両国の国旗が描かれている。

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