1976年チャウチラ誘拐事件

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1976年チャウチラ誘拐事件 (1976 Chowchilla kidnapping) は、1976年7月15日に、カリフォルニア州チャウチラ英語版で、スクールバスから26人の子供と成人の運転手を誘拐し、地中に埋めたトラックに監禁した事件である。運転手のフランク・エドワード・エド・レイは、子供を解放することに成功し、誘拐犯は逮捕されて有罪判決を受けた。

誘拐と脱出[編集]

1976年7月15日に、子供26人と大人のバス運転手がバスから誘拐され、チャウチラは全米に知られることとなった。誘拐犯は、排水沼地にバスを隠し、地中の穴へ監禁される前の11時間、子供と運転手は2台のバンに移された。後に、運転手と子供は、誘拐犯自身が地中に埋めた引っ越しトラックの中に閉じ込められていたことが判明した。彼らは当時それを知らなかったが、監禁されていた場所は、カリフォルニア州リバモアにある採石場であった。

パートタイムのバス運転手で、子供の世話をしていたエド・レイは、数人の少年の助けを借り、トラックの中にあった14枚のマットレスを積み重ねた。このため、年上の子供数人がトラックの一番上の出口を開けることができた。出口は金属板で蓋をされており、100ポンドの産業バッテリー2つでおさえてあった。彼らは杖で開いた蓋を固定し、レイはバッテリーを移動させた。それから、出口を阻んでいたがらくたの残りを移動させた。地下に入って16時間後、彼らは脱出に成功し、採石場の警備小屋へと歩いた。警備員は警備をしており、被害者全員は、問題ない状態だと判断された。彼らが家へ帰ると、マスメディアが町に殺到していた。

捜査と逮捕[編集]

レイは、催眠状態のなか、1台の自動車のナンバープレートの番号を思い出すことができた。誘拐犯はカナダへ逃亡することを試みていたが、これは犯人逮捕に結びつくものとなった。脅迫状の原稿は、採石場の所有者の家で発見された。所有者の息子、フレデリック・ニューホール・ウッズ4世と2人の友人、リチャードとジェームズ・シェーンフィールドは、有罪判決を受け、終身刑となった[1]

子供たちが回復した後、誘拐事件のいくつかの状況が、ヒュー・ペンティコーストが執筆し、1969年に出版されたフィクション・アンソロジー「子供たちが消えた日 (The Day the Children Vanished)」の詳細と一致することが判明した。この本は、チャウチラ公共図書館にも所蔵されており、警察は、この本が誘拐事件に影響を与えたと結論づけた[2]

誘拐犯[編集]

20回仮釈放が拒否された後、3人の誘拐犯のうちの1人、リチャード・シェーンフィールドは、2008年10月30日にカリフォルニア州仮釈放審査委員会によって、仮釈放に相応しいと認められた。リチャード・シェーンフィールドは、2012年6月20日に釈放され、母親とカリフォルニア州マウンテンビューコンドミニアムコンプレックスに住んでいる[3]

ジェームズ・シェーンフィールドは、2013年3月13日に17回目の仮釈放が否定された。彼は、3年で再び仮釈放の資格が与えられる予定である。フレデリック・ウッズは、2012年11月28日に13回目の仮釈放が否定され、2015年まで資格は与えられない[4]

バス運転手[編集]

フランク・エドワード・エド・レイ (1921年2月26日 – 2012年5月17日) は、1940年にチャウチラ・ハイスクールを卒業した。小さな農園で働いた後、レイは、1950年代初頭からバスを運転し始めた。誘拐事件後、町はエド・レイを賞賛し、知事のジェリー・ブラウンは、顕著なコミュニティサービスをしたとして、1976年カリフォルニア州教員協会英語版賞にレイを表彰した[5]。レイは、91歳で、肝硬変のため、チャウチラ老人ホームにて死去した[6]。彼が死ぬ前、彼が救った多くの学校生徒が彼を訪問した[7]

事件の影響[編集]

誘拐事件の3年後、UCサンフランシスコのレノア・C・テア博士による23人の子供たちによる研究において、彼らは、パニック発作や死に結びつく誘拐の恐怖の悪夢、人格変化などの結果、苦難によりショックを受けたと結論づけられた。子供のうち20人は、再び誘拐されることを怖れており、21人は、自動車、暗闇、風、台所、ネズミ、犬、ヒッピーなどのようなものを怖れていた[8]。誘拐事件の18ヶ月後、年長の男性被害者の1人は、彼の家の前で日本人観光客の車が故障した際、BB弾で観光客を撃った。テア博士は、「危険で不適切な英雄的行為」だと述べた[9]。多くの子供たちは、少なくとも誘拐の25年後に、薬物乱用やうつ病を含む、トラウマの兆候が報告されている。テル博士によると、1人は、「誰か他の人に何かをコントロールしようとする」ため、刑務所での時間を過ごした[10]

報道[編集]

この苦難は、1993年にABC-TVの映画『集団誘拐!消えたスクールバス (They've Taken Our Children: The Chowchilla Kidnapping)』で描かれ、スターのカール・マルデンがレイを演じた。フレデリック・ウッズは、その後、このネットワークを相手にとって訴えを起こし、作中での彼の描写は不正確で、誤解だと主張したが、退けられた[11]

現在は大人になった子供たちの多くや運転手とのインタビューは、MSNBCで放送された。

テレビシリーズ『FBI失踪者を追え』の「消えたスクールバス (The Bus)」という題のエピソードでは、子供でいっぱいのバスがチャウチラの事件に似た方法で身代金のためにハイジャックされる。

また、テレビシリーズ『クリミナル・マインド FBI行動分析課』の「スクールバス・ジャック (Wheels on the Bus)」という題のエピソードでは、子供でいっぱいのバスが異なる理由だが同じ方法でハイジャックされている。FBI捜査官の1人(スペンサー・リード)は、この誘拐事件を参考にしたとしている。

日本では日本テレビの番組『ザ!世界仰天ニュース』の2008年7月2日の放送で取り上げられた[12]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ MacGowan, Douglas. “The Chowchilla Kidnapping”. 2014年3月16日閲覧。
  2. ^ “CRIME: Escape from an Earthen Cell”. Time. (1976年7月26日). http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,914378,00.html 2010年4月28日閲覧。 
  3. ^ Hurd, Rick; Green, Jason (2012年6月22日). “Paroled Chowchilla school bus kidnapper living in Mountain View”. San Jose Mercury News (MediaNews Group). http://www.mercurynews.com/top-stories/ci_20921181/paroled-chowchilla-school-bus-kidnapper-living-mountain-view 2012年6月22日閲覧。 
  4. ^ Parole Denied To 1 Of 3 Chowchilla Bus Kidnappers” (2012年11月28日). 2014年3月16日閲覧。
  5. ^ Hevesi, Dennis (May 18, 2012). Ray, Bus Driver During Kidnapping, Dies at 91. New York Times
  6. ^ Associated Press (May 18, 2012). Chowchilla kidnapping bus driver Frank Ray dies. San Francisco Chronicle.
  7. ^ Smith, Joshua Emerson (May 17, 2012). Ed Ray, Chowchilla bus driver in 1976 kidnapping, dies. Merced Sun-Star
  8. ^ “Study Finds Trauma In Kidnap Victims”. The Associated Press (AM Cycle). (1981年1月20日) 
  9. ^ Linda Witt (1986年7月20日). “A DECADE-OLD CRIME HOLDS A SMALL TOWN HOSTAGE”. Chicago Tribune (TEMPO; Pg. 1; ZONE: C) 
  10. ^ Charles Osgood, anchor; John Blackstone, reporter (2001年7月29日). “Innocence lost; the Chowchilla kidnap victims 25 years later, and what they taught us about childhood trauma”. CBS News Transcripts (CBS Sunday Morning) 
  11. ^ Staff report (April 16, 1994). Goals in the school of hard knocks, etc. Washington Times
  12. ^ 忽然と消えたスクールバス”. ザ!世界仰天ニュース (2008年7月2日). 2014年3月25日閲覧。

外部リンク[編集]