1955年ベトナム国民投票

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ベトナム
ベトナム社会主義共和国の国章

ベトナムの歴史


主な出来事
仏領インドシナ成立
東遊運動 · 日仏協約
仏印進駐 · 大東亜戦争
ベトナム八月革命
第一次インドシナ戦争
ディエンビエンフーの戦い
ジュネーヴ協定 · 南北分断
トンキン湾事件 · ベトナム戦争
パリ協定 · 西沙諸島の戦い
サイゴン解放
カンボジア・ベトナム戦争
中越戦争 · 中越国境紛争
ドイモイ
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「国家」
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人物
ファン・ボイ・チャウ
グエン・タイ・ホック英語版
バオ・ダイ
ホー・チ・ミン
ヴォー・グエン・ザップ
レ・ドゥク・ト
レ・ズアン
ゴ・ディン・ジエム
ゴ・ディン・ヌー
マダム・ヌー
グエン・ミン・チェット
グエン・カオ・キ
グエン・タン・ズン
ノン・ドゥック・マイン


言語
ベトナム語 · チュノム
クオック・グー

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1955年ベトナム国民投票は、1955年にベトナムで行われた国民投票で、これによってフランスの傀儡だったベトナム国から、親米反共主義ベトナム共和国が成立し、バオ・ダイ皇帝が廃位させられてゴ・ディン・ジエムが大統領に就任した。

概要[編集]

前年の1954年ディエンビエンフーの戦いを経てジュネーヴ協定によってバオ・ダイが国家元首となった他、南北の国境として17度線が定められた。北部には既に1945年の時点でホー・チ・ミン主席によってベトナム民主共和国が作られていた。ジュネーヴ協定の翌年にベトナム国の首相だったゴ・ディン・ジエムが自ら指導者となる為に国民投票を実施し、バオ・ダイを元首の地位から引きずり下ろしてベトナム共和国の建国を宣言した。有効投票総数約60万票の中で約45万票が賛成したとされるが、この結果には不正アメリカ合衆国諜報活動があったと指摘されている。