風倉匠

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風倉 匠(かざくら しょう、1936年 - 2007年11月13日)は、日本の前衛美術家。

略歴[編集]

大分県大分市生まれ。武蔵野美術学校中退。大分市の美術グループ「新世紀群」に参加して吉村益信磯崎新赤瀬川原平らと親交を結び、1960年(昭和35年)に吉村、赤瀬川、篠原有司男らとともにネオ・ダダを結成。その後、ハイレッド・センターグループ音楽等のイベントにも参加した[1]

1979年(昭和54年)に大分県に帰郷。1980年代から1990年代にかけてはバルーンに入って行う独特のパフォーマンスで注目を集めた。2000年に療養のため湯布院町(現由布市)に転居。晩年はゆふいんアート委員会のアドバイザーを務めるとともに、ゆふいん文化・記録映画祭の会場用絵画の制作等を行った[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b 没後1年…風倉匠の芸術 感動新た 湯布院 - ウェイバックマシン(2008年12月10日アーカイブ分) 大分合同新聞

外部リンク[編集]