韓国海苔

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韓国海苔

韓国海苔(かんこくのり、: キム)は、韓国で親しまれている海苔の一種である。一般にごま油で味付けされた味付け海苔として知られている。かつては味付けされていない海苔も日本に多く輸入されていた。

なお「味付け海苔」という加工海苔は日本の山本海苔店が1869年に始めた[1]ものであるが、ごま油の味付けは、日韓併合期に関西地方の味付け海苔が韓国に伝わり、現地風にアレンジされたものといわれている。

韓国では、スサビノリとは別種のオニアマノリ、マルバアマノリ、ツクシアマノリなどが好まれているとされる[2]。商品化される過程で韓国式の製造加工工程を経て、商品としての韓国海苔となっているが、養殖されている海苔の品種そのものは2012年前半までほぼ全てが日本品種の海苔であった。

朝鮮半島での海苔の歴史[編集]

近世まで[編集]

三国遺事』(13世紀末)に「海衣」という言葉が見られ、これが海苔を指すものと考えられている。同様に地理書である『慶尚南道地理誌』(1425年)や『東国興地勝覧』(1478年)においても、「土産」の項に「海衣」の名称が確認される。また両班である許筠の美食書『屠門大嚼』(1600年前後)には「海衣 南海に産するが、東海の人が採って干したものがもっともよい」と書かれており、珍味の一種として認知されていたようである[3]

日韓併合時代[編集]

朝鮮総督府明治]]43年(1910年)前後から現在の韓国海苔の形状になったとされる。

明治44年(1911年)の調査によれば、併合時代の朝鮮において、海産物商、具体的には昆布商が確認されず、日本企業による海産物販売拡大が期待された。以降、朝鮮国内での生産、日本国内での加工、販売の促進政策に移行する。朝鮮総督府が、海苔漁家への補助金の交付や本土からの専門家の招聘、研究機関の設立といった奨励策をとり主導的な役割を果たした。昭和3年(1928年)頃には、朝鮮総督府の水産試験場主任技師・富士川きよし富士川漻)、全羅南道水試技師・金子政之助が浮きヒビ養殖法を開発[4]し、生産量を向上させることに成功した。なお鄭文基著「朝鮮海苔」(1935年)には、光陽郡の蟾津江河口で1本ヒビの養殖が行われていたという記述がある。

現在[編集]

2011年まで大韓民国で養殖され、商品として流通している韓国海苔は、ほぼすべてが日本品種の海苔であった。2012年の下半期になって、はじめて韓国で開発された「海風1号」種の韓国海苔が商品化された[5][リンク切れ]。朝鮮日報での記事によると「地場のノリ品種は使えるものがなく」2012年の下半期になって、史上はじめて韓国で開発された「海風1号」種の韓国海苔が商品化された、と韓国語版と日本語版双方で報道されている[6][リンク切れ]。2014年9月16日、中国国家質量監督検験検疫総局は、2014年7月に中国に輸入された韓国産のりから基準値を超える発がん性物質・無機ヒ素が検出されたことを明らかにし、海洋汚染生産加工包装の段階での汚染が原因ではないかと指摘している[7]

韓国海苔の特徴[編集]

  • 密度が粗く、所々に小さな穴が空いている。
  • ごま油と塩で味つけされており、ごま油の香りがするがやや塩分が多めで表面に塩が吹いている。
  • 油で炒られているために、日本の海苔に比べサクサクとした歯ざわりであるが、油分が口の中に残るため、好みが分かれる。
  • 包装パッケージは海苔同士を密着させないよう、トレーに入れられた形式のものが多め。

また、敢えて板海苔状とせず、フレーク状態のままごま油で揚げられ、味付けされてふりかけとした製品も見受けられる。

脚注[編集]

  1. ^ 山本海苔店 歴史
  2. ^ 金南吉.「韓国におけるアマノリ属の分布と生理的特性」.海苔の生物学.能登谷正浩編著.成山堂書店.2000年.63頁
  3. ^ 莞島郡の伝承では「薬山面蔵龍里で、金汝翼(1606∼1660)という人が、海岸の流木に海苔が着いているのを見て、海苔養殖を始めた」とされ、このために海苔を「」(キム)というようになったと伝えているという説があるが、実態は定かではない
  4. ^ アイサン工業:海苔養殖の歴史
  5. ^ ノリ品種で韓日戦争、国産種の開発急げ 朝鮮日報日本語版 2013年2月3日 09:54
  6. ^ ノリ品種で韓日戦争、国産種の開発急げ 朝鮮日報日本語版 2013年2月3日 09:54
  7. ^ Record China (2014年9月18日). “韓国のりから基準値を超える発がん性物質―中国メディア”. 2014年10月23日閲覧。

関連項目[編集]