青山雪菜
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青山雪菜(あおやま ゆきな、本名出原優子(「出原」は旧姓),1967年7月19日 - )は大阪府大阪市出身の女優(※現在事実上の引退状態)で宝塚歌劇団卒業生(元星組娘役スター)。
身長160cm。出身校大阪信愛女学院高等学校。愛称ゆきな。
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[編集] 略歴
[編集] 宝塚歌劇団時代
1985年4月宝塚音楽学校に入学。1987年宝塚歌劇団に73期生として入団。
雪組公演「宝塚をどり讃歌/サマルカンドの赤いばら」で初舞台を踏む。同期にいずれも女優の天海祐希(1993年から1995年まで月組トップ)、絵麻緒ゆう(現在のえまお)(2002年のみ雪組トップ)、匠ひびき(2001年から2002年まで花組トップ)、歌手の姿月あさと(1998年から2000年まで宙組トップ)の4人の元主演スターのほか、声優の葛城七穂、芦屋市議会議員の苑ななみ(現在の中島かおり)らがいる。同年星組に配属。
可憐な容姿と美しい歌声が魅力的な娘役で、バウホール公演や新人公演のヒロインを務めた。
また、本公演においても当時の娘役トップスター・毬藻えりに次ぐ娘役スターとして活躍し、次期トップを期待されていたが、1990年「メイフラワー/宝塚レビュー'90」宝塚大劇場公演において惜しまれつつ退団した。わずか入団四年目での退団は非常に惜しまれた。
- また退団挨拶の際、青山が入団5年目未満ゆえ(歌劇団の規定により)大階段を降りての挨拶ができないため、退団挨拶はセリに乗って舞台に登場した。これは在団中の歌劇団への貢献や、青山をかわいがってくれた星組の先輩や組子たちの好意により実現したとされる。
[編集] 退団後
退団後は廣済堂プロダクション(当時、現在の長良プロダクションの前身)と契約し舞台を中心に女優活動、昼ドラマ『華心中』にも出演していた。
しかし青山自身の結婚を機に所属事務所とのタレント契約を更新せず芸能活動から遠ざかり現在は事実上の引退状態となっている。
[編集] 主な舞台歴
- 1988年
「炎のボレロ/Too Hot!」モニカ(新人公演 本役:毬藻えり)
「戦争と平和」ソーニャ(新人公演 本役:毬藻えり)
「ミッドナイト・シティ・ロマンス」 (バウホール・ヒロイン)
- 1989年
「春の踊り-恋の花歌舞伎-/ディガ・ディガ・ドゥ」
イズー・ホワイトハンド(本公演)
グネビア・ツィニー(新人公演・ヒロイン 本役:毬藻えり)
「誓いの首飾り」ジェンマ (バウホール・ヒロイン)
「ベルサイユのばら・フェルゼンとマリーアントワネット編」
小公女/少女時代のマリー・アントワネット(本公演)
マリー・アントワネット(新人公演・ヒロイン 本役:毬藻えり)
「シチリアの風」(宝塚バウホール)
- 1990年
「メイフラワー/宝塚レビュー'90」
ジュリー・オーエンス(本公演)
マリー・オーエンス(新人公演・ヒロイン 本役:毬藻えり)
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビドラマ
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