第16回全日本総合蹴球選手権大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

第2回全日本総合蹴球選手権大会(だい2かいぜんにほんそうごうしゅうきゅうせんしゅけんたいかい)は、天皇杯全日本サッカー選手権大会の第16回(1936年度)大会である。本大会は1936年6月19日から同月21日まで開催され、慶應BRBが優勝した。

この年にはベルリンオリンピックがあった影響で、日本代表選手不在の大会となった。日本代表は4月から合宿に入り、6月20日に日本を出発した[1]6月6日にあった関東予選の決勝では、主力を数多く日本代表に取られた早稲田大学慶應BRBが6-2で下した[1]

本大会には各地方予選を勝ち抜いた5チームが参加。試合はすべて東京都新宿区の陸軍戸山学校グラウンドで行われた。関東、関西、朝鮮代表の実力が抜きん出ており[2]、その中でも大会前から優勝候補の筆頭と対抗格に目されていた普成専門と慶應BRBが決勝に勝ち上がった[1]。普成専門は、主将の裴など前回優勝の京城蹴球団で主力だった選手を何人も擁していた[1]。慶應BRBは、日本代表でチームを離れる選手が右近徳太郎のみと比較的影響が少なく、そこにOBの松丸貞一らを補強していた[1]。決勝は2-2で迎えた後半39分、慶應BRBがスローインを起点としてチャンスを作り、駒崎が決勝ゴールを決めた[3]

出場チーム[編集]

試合結果[1][2][編集]

準々決勝[編集]

1936年6月19日
15:30

普成専門 10 - 1
(70分)
東北学院大 陸軍戸山学校グラウンド
主審: 井出

準決勝[編集]

1936年6月20日
14:00

普成専門 4 - 2
(70分+延長20分)
関西学院大 陸軍戸山学校グラウンド
主審: 高山(英)
1936年6月20日
16:00

慶應BRB 13 - 0
(70分)
名古屋薬専 陸軍戸山学校グラウンド
主審: 伊藤

決勝戦[編集]

1936年6月21日
15:00

慶應BRB 3 - 2 普成専門 陸軍戸山グラウンド
主審: 井出
慶應BRB[3]
GK 津田幸男
RF 伊藤安純
LF 石川洋平
RH 松元一見
CH 松丸貞一
LH 宮川光之
RWF 駒崎虎夫
RIF 播磨幸太郎
CF 増田正純
LIF 塚部徳三
LWF 二宮洋一
普成専門
GK 李(担)
RF 朴(奎)
LF
RH 李(錫)
CH
LH
RWF
RIF 朴(孝)
CF
LIF
LWF

注釈[編集]

  1. ^ 『天皇杯六十五年史』では「東北学院大学」、『蹴球』第四巻 第三号と『サッカーマガジン』1968年6月号では「東北学院倶楽部」「東北学ク」となっている。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 轡田三男 「サッカーの歴史 天皇杯全日本選手権 (4)」『サッカーマガジン』 ベースボール・マガジン社、1968年6月号、115-118頁。
  2. ^ a b 蹴球 第四巻 第三号 (PDF)”. pp. 18-26頁 (1936年). 2009年2月17日閲覧。
  3. ^ a b 鈴木武士編著 『天皇杯六十五年史』 財団法人日本サッカー協会、1987年、92-93頁。