確信犯
確信犯(かくしんはん)(独; Überzeugungsverbrechen Überzeugung:確信 Verbrechen:犯罪)とは、道徳的、宗教的あるいは政治的な確信に基づいてなされる犯罪のこと。行為者は「確信犯罪者」(Der Überzugungsverberecher)。ドイツの刑法学者グスタフ・ラートブルフの提唱による法律用語。いわゆる義賊やテロリズムがその代表例である。
「確信」という言葉のもつイメージにより法的概念を逸脱したレトリックとして使用されることが多い。
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[編集] 概要
確信犯(確信犯罪)とは、「自分が行うことは良心に照らし合わせて正しく、周囲(社会)や政府の命令、議会の立法こそが間違っていると信じて」行った犯罪である。本人は自らの正当性を確信していることがポイントであり、立法や命令に違犯(「違反」ではない)しているとの認識を持っているかどうか、あるいは処罰を予想しているかどうかは関係ない。
「確信犯」という語は、「倫理的に非難されるべき行為を、意図的に行う」という故意犯罪や常習犯罪の意味で一般化して用いられがちだが、これは誤用である。社会正義や良心といった内心の動機部分が確信犯を理解する上で重要である。
政治的・宗教的犯罪のみに用いられるものではなく、また他人を攻撃・殺傷したり財物を破壊するなどといった積極行為だけに用いるものでもない。例えば議会法や行政命令に反してホロコーストに協力しない行為、強制収監命令の出された人物(ユダヤ人など)や政治犯の国外逃亡を幇助する行為、あるいは現代的には、科学的根拠に則って、法で禁止された治療行為を行い結果として罪に問われる場合、あるいは積極的安楽死への組織的な関与、法にその旨規定がない場合の良心的兵役拒否などは確信犯に分類される可能性がある。多くの辞典に「政治犯や思想犯など……」のように例示されるのは、単に政治犯や思想犯に確信犯が多いためである。
[編集] 補足 - ドイツ語からの翻訳に関して
ドイツ語の Überzeugung には「信念・信条」の意味がある。中文圏では「信条犯」「信仰犯」といった字句で叙述する論文がみられる[1]。
ラートブルフの文脈でÜberzeugungsverbrecherが登場するのは1923年の論文「確信犯罪者(Der Überzugungsverberecher)」[2]であり、やがてのちに彼の価値相対主義のなかで確信行為者としてより一般化された。なおラードブルフの確信行為者の理論は貫徹せずドイツ刑法典には反映されておらず、テロリストは「国家との戦争状態に立っていることを盾に犯罪としてではなく捕虜として扱われることを欲していよう」とも「倫理的に等しい立場に立っている敵対者ではなく1人の低俗な犯罪者」として扱われる。ラートブルフの提示した確信的行動者の問題は、民主主義における内心の自由、良心の自由、思想信条の自由を含み、核心において抵抗権の問題として現代なお未解決の問題である。
日本語ではÜberzeugungsverbrechenを「確信犯罪」とでも訳すところ「確信犯」が定着している。とくに法律を話題にしていない局面で、故意に酷いことをおこなう人物を非難する成句として用いられる場合がある[3]。犯罪に該当しない行為に対しても確信犯呼ばわりすることがある[4]。
[編集] 脚注
- ^ [1][2][3]。
- ^ 「グスタフ・ラートブルフ-生涯と作品:続編」アルトゥール・カウフマン(上田健二 訳 同志社法学60巻2号)[4]P.66
- ^ 「平成14年度「国語に関する世論調査」の結果について」[5]P.8-9
- ^ たとえば[6][7][8][9][10] 全てCiNiiより