確信犯

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確信犯(かくしんはん)(独; Überzeugungsverbrechen)とは、道徳的、宗教的あるいは政治的な確信に基づいて(つまり、自分の行動の“道徳的・宗教的あるいは政治的な正しさを確信”して)なされる犯罪のこと。(Überzeugung:確信 Verbrechen:犯罪)ドイツの刑法学者グスタフ・ラートブルフの提唱による法律用語。いわゆる義賊テロがその代表例である。

「確信」という言葉のもつイメージにより法的概念を逸脱したレトリックとして使用される事が多い。

目次

[編集] 一般的用法

「確信犯」は、「悪いことと知りながら犯罪を行う人(もしくはその行為)」、「結果を予想した上で計略を巡らす人」という意味で使われる場合が多い。これは誤用がひろまったものである。確信犯とは「自分が行う事は正しく、周囲(社会)こそが誤っていると信じている」ことがポイントであり、本人に「実際は悪い事 / ウラがある作戦」などの意識は無い(文頭で例示した状況は確信犯ではなく「故意犯」と呼ぶのが近い)。

また、政治的・宗教的犯罪のみに用いられる、もしくは確信犯という言葉そのものが、それら思想的な意味合いを持つというのも本来の用法ではない。理由は上で述べた通りであり、例えば科学的根拠に則って、社会で禁止された治療行為を行い結果として罪に問われる場合、あるいは積極的安楽死への組織的な関与などは確信犯とされる可能性がある。多くの辞典に「政治犯や思想犯など…」のように例示されることが多いのは、単に政治犯や思想犯に確信犯が多いためである。

[編集] 用例

ここである程度似た言葉で間違いやすい用例を紹介する。

あなたは電器店の中にある修理部門の担当者。あなたの目の前には今にも故障しそうなテレビがある。

  • 「これで直るはず!」と思い込んで修理してみたが壊れてしまった(過失犯)
  • 「よくわからないけど...こうかな?」といじっているうちに壊してしまった(過失犯・『壊れるかもしれない』という認識があれば未必の故意犯)
  • 「修理不能扱いにして新品を店で買ってもらおう」と考え、わざと壊した(故意犯) ←これを確信犯とするのが典型的な誤用の例である
  • 「テレビは社会を汚染するから、テレビを破壊するのは正義である」との信念に基づき壊した(確信犯)

[編集] 補足 - ドイツ語からの翻訳に関して

ドイツ語の Überzeugung には「信念・信条」の意味がある。そして、「道徳的、宗教的、政治的な確信」は「信条・信仰・主義」であり、それらをまとめて端的に「信念」ないしは「信条」と表現することも可能である。その意味で「確信犯」は安易な直訳であり「信念犯」「信条犯」といった翻訳の方が適切であったと言えよう。

日本語では「確信犯」を法律を話題にしていない局面で、故意(あるいは故意におこなう)行為として用いる場合があるが、法的概念を逸脱したレトリックであり、犯罪に合致しないものを含めて確信犯と比喩することがある[1]。一方で「その確信犯の用法は正しくない」なる言説で発言者の用語能力を批判する(人身攻撃)言説もしばしばみられるが、法律の話題でない場面のレトリックにこの批判をおこなうのはさほど意味がなく「殺人スケジュールの殺人の用法は正しくない」「デートの約束を破ったのを詐欺というのは正しくない」などと論じることにさほど意味がないのと同様の批判である。一方詐欺窃盗を確信犯と呼ぶのは典型的な誤用である。

[編集] 脚注

  1. ^ たとえば[1][2][3][4][5] 全てCiNiiより

[編集] 参考

[編集] 関連項目