相殺
相殺(そうさい)
(「そうさつ」は慣用読み)
| この記事は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。 |
相殺(そうさい)とは、相手に対して同種の債権をもっている場合に、双方の債務を対当額だけ消滅させることをいう。 比較法的には、(1)裁判上の相殺のみが認められるもの、(2)裁判によらずに、(a)当然相殺となるものと(b)意思表示によって相殺がなされるものがある。日本では(2)(b)が採用されているが、2(a)を採用するフランス法の影響もみられる。
日本法では、民法第505条以下に規定がある。債権同士が消滅するとも債務同士が消滅するともいえるが、どちらで考えても差はない(債権と債務は表裏一体)。相殺は当事者どちらかの一方的な意思表示によって行うことができ、その効果は相殺適状の時にさかのぼって生じる(ただし後述する法定相殺と相殺契約について参照)。なお、相殺する側の債権を自働債権(じどうさいけん)、相殺される側の債権を受働債権(じゅどうさいけん)という。
- 民法について以下では、条数のみ記載する。
目次 |
[編集] 総説
[編集] 具体例
例えば以下のような場面を想定する。AはBからテレビを10万円で買った。このとき、AはBに対して代金10万円を支払うべき債務を負ったことになる。一方でBは以前Aからコンピューターを15万円で購入していたが、代金はまだ支払っていなかった。このとき、BはAに対して代金15万円を支払うべき債務を負っている。つまり、AとBはお互いに対して代金支払債務を負っている。ここで実際に金銭を支払ってもよいが、それは面倒なだけである。そこでお互いの債務を対当額で消滅させる、つまり相殺することで決済を簡略化できる。つまりBは自己の債務(15万円)とAの債務(10万円)を差し引きして、残った5万円だけAに支払えばよい。もしも双方が負う債務の金額が同額であれば、相殺の時点で互いの債務が消滅することになる。以上が典型的な相殺の例である。
[編集] 相殺の機能
相殺は互いの債権を弁済する手間を省き、決済を簡略化する。また、両当事者のうち資力のある債権者だけが支払いを余儀なくされるという不公平を解消し、それがひいては相殺の担保的機能をもたらす。 相殺の担保的機能とは、相殺を弁済を確保する手段として利用することである。相殺をうまく駆使することにより、土地などの物的担保や何らかの先取特権をもたない一般の債権者であっても、他の債権者に先駆けて弁済を受けることができる(事実上の優先弁済となる)。 相殺の担保的機能を利用した典型例として、銀行による預金担保貸付がある。これは銀行が預金者に対して貸付をする際にその預金者が有する預金債権について債権質(権利質の一種で、債権について設定される質権)を設定し、かつ返済が不可能となった場合には直ちに相殺適状を生じさせ(弁済期を到来させる、など)、預金債権と貸付金を直ちに相殺する相殺予約がされるものである。
この相殺の担保的機能は債権回収の方法として応用される。多重債務に陥っている債務者に対する債権を債権譲渡によって取得し、これを自働債権としてその債務者が有する債権と相殺することで事実上の優先弁済が受けられるのである。
[編集] 相殺の要件
[編集] 相殺の積極的要件(相殺適状)
相殺ができるために必要とされる一般的な要件を相殺適状(そうさいてきじょう)といい、相殺されるべき両債権が以下のすべてを満たしている必要がある。
- 当事者双方が同種の債権を対立させていること(505条1項本文)
- 双方の債権が弁済期にあること(第505条1項本文)
- ただし、受働債権の期限の利益を放棄できる(136条2項本文)ため、自働債権が弁済期にあれば相殺が可能。
- 債権が相殺できるものであること(505条1項但書)
[編集] 相殺の消極的要件(相殺禁止事由)
相殺適状を満たしていても、以下の場合には相殺をすることが許されない。これを相殺禁止事由という。
- 当事者間に相殺を禁ずる合意(相殺禁止特約)があること(505条2項)
- 特約を知らずに債権を譲り受けたものは、相殺できる。
- 法律上、受働債権とすることができない債権であること
- 解釈上、自働債権とすることができない債権であること
- 相手方が抗弁権をもっている債権
- 差押えを受けた債権
- 破産法・民事再生法・会社更生法などで相殺を禁止される場合・・各法律により異なるので注意する必要がある。
[編集] 相殺の方法
相殺は当事者どちらかの一方的な意思表示によって効力を生じる(506条本文)。ただし、意思表示に条件又は期限をつけることはできない(506条但書)。なお、諸外国には条件を満たせば直ちに相殺の効力が生じるという立法例もある。また、日本法においても、この例外として、訴訟上の相殺は条件付き相殺であると理解されている。)。
[編集] 相殺の効果
相殺によって双方の債務は相殺適状の時点に遡及(そきゅう; さかのぼって)して消滅する 。例えば相殺適状(弁済期)が10月1日であったとして、11月1日に相殺の意思表示が行われた場合、この一ヶ月間の利息(遅延損害金)は生じない。このため、自働債権と受働債権の利率に差がある場合でも、本来なら遅延損害金にも差が生じるところ、問題とならない。
[編集] 相殺と当事者の合意
相殺は上記のようにその要件、方法および効果が法定されている。民法上に定められた一方から相手方に対する意思表示による相殺を法定相殺という。ただ、これらの民法上の相殺の規定は当事者間の合意による相殺を排除するものではない。当事者間の契約による相殺を相殺契約という。相殺契約では、相殺適状を満たすと同時に相殺される旨の合意(方法に関する特約)や、相殺の効果を遡及させない旨の合意(効果に関する特約)などが可能となる。
また、相殺の予約というものがなされる場合もある。これは相殺契約の予約を意味する場合もあるが、停止条件付相殺契約(先にあげた方法に関する特約と同様)や、準法定相殺を指すこともある。 準法定相殺とは、相殺それ自体はあくまで法定相殺だが、相殺適状を満たす条件を緩和する合意がなされる場合である。例えば、信用状の不安が生じた場合には直ちに相殺適状が発生する旨の合意である。
[編集] 民事訴訟における相殺
民事訴訟において、相手の請求に対して、相殺があったこと(又は相殺をすること)を主張することを相殺の抗弁という。すでに相殺の意思表示を行ったという抗弁(裁判外の相殺の抗弁)と、当該法廷において(相手の債権が認められることを条件とした)相殺の意思表示を行うという抗弁(訴訟上の相殺の抗弁)の2種類がある。
たとえば、原告の主張する金銭債権が認められても、被告によってその全額について相殺の抗弁が主張され、その主張を裁判所が認めた場合は、相殺の抗弁を主張した被告が勝訴することになる。しかし、訴訟上の相殺の抗弁の場合には、勝訴した被告にも実体的な債権の消滅という不利益をもたらすので、弁済など他の抗弁も同時に主張されている場合はまずそちらの抗弁について先に認められるか否かを判断するものとされている。
相殺の抗弁の対象となった債権については、既判力の効力により再度の主張が禁じられる(民事訴訟法114条2項)。主文だけでなく理由中の判断にも既判力が及ぶ例外的な場合である。