生物学における不老不死

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生物学における不老不死(せいぶつがくにおけるふろうふし)とは、通常では時間の経過に伴って発生する老化が発生せず、もしくは一時的に発生しても若返ることによって、老衰による死から免れた状態のこと。

生物学的には、いかなる外傷・疾病・毒物などによっても死ぬことのない状態を表す不死身は成り立ち得ないため、不老不死のうち、「不老」に当たる概念を指して不老不死と呼ばれる。老衰による死を免れた個体や細胞の形質を指して「不死化」と呼ばれる。

単細胞の場合[編集]

一般に単細胞生物には寿命(老化)による死という概念が無い。 多細胞生物はテロメアによって細胞の分裂回数が制限されており、分裂回数の限界が老化をもたらすが、真核単細胞生物は例外なくテロメラーゼによってテロメアを修復し、無限に増えることができる。

ただし、単細胞生物にも寿命と言えなくもないものを持つものがいる。ゾウリムシは自家生殖もしくは接合を行わせないよう注意深く飼育したところ、350回程度の細胞分裂の後に死を迎える。これはゾウリムシは自家生殖もしくは接合による核の融合がテロメラーゼを働かせるスイッチになっているからである。故に、自然界で寿命を迎えることはまず無いと考えられる。

多細胞の場合[編集]

多細胞生物の場合、その個体の生命はいわゆる寿命によって生理的に制限されている。不老不死を実現するためには、老化寿命を取り除く必要がある。現在、老化・寿命の原因としては以下のような仮説がなされている。

プログラム説[編集]

それぞれの細胞には、分裂できる限界がはじめから設定されており、その回数を迎えて分裂ができなくなることにより老化が発生するという説。 分裂できる限界数は、種によってまちまちであるが、概ねその種の寿命と比例している[1]ことから現在有力な説のひとつである。テロメアは細胞分裂の度に短くなる[2]ことから、このプログラム説の機構を行う部分であるとされる。

この説における解決法としては現在、テロメラーゼが有力である。がん細胞においては、テロメラーゼが高活性化することにより細胞が不死化する[3]ことから、幹細胞のテロメラーゼの活性をコントロールすることで不老不死の実現が可能なのではないかと考えられている。

エラー説[編集]

細胞分裂の際に少しずつ発生する突然変異が、徐々に蓄積されていき、最終的に破綻するのではないかという説。ウェルナー症候群をはじめとする早老症ではヘリカーゼというDNA修復に関与すると推測される遺伝子に異常があった[4]ことから考えられた。

DNA分子の損傷は1日1細胞あたり最大50万回程度発生することが知られており、DNA修復速度の細胞の加齢に伴う低下や、環境要因のよるDNA分子の損傷増大によりDNA修復がDNA損傷の発生に追いつかなくなると、

のいずれかの運命をたどることになる。人体においては、ほとんどの細胞が細胞老化の状態に達するが、修復できないDNAの損傷が蓄積した細胞ではアポトーシスが起こる。この場合、アポトーシスは体内の細胞がDNAの損傷により癌化し、体全体が生命の危険にさらされるのを防ぐための「切り札」として機能している[5]

この説における解決法としては、前述のDNA修復遺伝子を活性化させるなどして、修復速度が突然変異の蓄積速度を上回る状態にすることが考えられる。

活性酸素説[編集]

代謝に伴い発生する活性酸素により身体がダメージを受け、老化が発生するという説。代謝率の高い(つまり活性酸素の発生量の多い)生物ほど寿命が短くなる傾向にある[6]ことから考えられた。また、この活性酸素がテロメアの短縮に影響しているという説もある[7]

この説における解決法としては、ビタミンCなどの抗酸化作用の強い食品を摂取することや、活性酸素を減少させるスーパーオキシドディスムターゼという遺伝子を導入するなどがある。

不老不死の生物[編集]

実際に不老不死である生物として、ベニクラゲはクラゲが老化して後、萎縮して再び幼生であるポリプに戻ることが判明しており[8]、これを繰り返すことで理屈上では不老不死であると考えられている。つまり老化しては若返るわけである。同様の現象は、ヤワラクラゲでも知られている。

不老不死ではないが、老化に逆行する例として、昆虫変態とそれに関するホルモン関連がある。昆虫において、アラタ体前胸腺から分泌されるホルモンがその変態に深く関わっているが、このうちのアラタ体から出されるいわゆる幼若ホルモンは昆虫の変態を止め、いつまでも幼虫でいさせる効果があり、実験的には幼虫の期間を延長させることができる。

細胞レベルで[編集]

細胞は分裂を繰り返してその系統を存続するが、実際には多細胞生物の細胞は無限に分裂を繰り返すわけではない。これは普通は個体の寿命が有限であるからである。しかし、その一部の細胞を取り出して培養した場合、この制約はなくなる。そのような方法で、どうやら無限に分裂を繰り返して系統を維持できそうな細胞が得られる場合がある。ヒトの細胞でのそのような細胞株の最初の例がHeLa細胞であった。

薬学による寿命伸長[編集]

今まで、生物の寿命を伸長させる薬物は科学的に立証された形では存在しなかった。しかし、2009年の研究で、ラパマイシンと呼ばれる免疫抑制剤の一種がマウスの寿命を伸長させたことが立証され[9]、いわゆる「寿命を延ばす薬品」となった。

脚注[編集]

  1. ^ 飯田静夫「バイオサイエンスから見た老化と寿命」、『人間総合科学』、人間総合科学大学、2001年3月31日、 145-154頁、 NAID 110006284882
  2. ^ 廣部千恵子「テロメアの測定と健康との関係」、『清泉女子大学紀要』第54巻、清泉女子大学、2006年12月26日、 87-138頁、 NAID 110006406079
  3. ^ 城谷良文「肺癌におけるテロメア長の変化」、『肺癌』第37巻第2号、日本肺癌学会、1997年4月20日、 189-195頁、 NAID 110003123547
  4. ^ Ellis, Nathan A『Mutation-causing mutations』Nature 381 110-11 1996
  5. ^ DNA修復
  6. ^ 山本順寛「活性酸素と老化・成人病」、『化学と教育』第45巻第7号、社団法人日本化学会、1997年7月20日、 394-395頁、 NAID 110001830007
  7. ^ 及川伸二、村田真理子、平工雄介、川西正祐「環境因子による酸化的DNA損傷とがん,老化 : 第12回公開シンポジウム : 活性酸素の分子病態学」、『環境変異原研究』第23巻第3号、日本環境変異原学会、2001年12月22日、 207-213頁、 NAID 110001710497
  8. ^ 久保田信不死のベニクラゲと早死のカイヤドリヒドラクラゲ
  9. ^ Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous miceネイチャー460号 392-395ページ (2009年7月16日)

関連項目[編集]

参考文献[編集]

書籍[編集]

論文[編集]

  • 藤本大三郎「老化はどのようにしておこるか」、『化学教育』第34巻第4号、社団法人日本化学会、1986年8月20日、 284-287頁、 NAID 110001825187

DVD[編集]

  • 『ディスカバリーチャンネル 寿命100歳を実現する科学 不老不死のテクノロジー』角川書店