山田満知子
山田 満知子(やまだ まちこ、旧姓:木下[1]、1943年[1]6月26日 - )は、日本のフィギュアスケートコーチ。
目次 |
[編集] 経歴
名古屋市出身[1]。「堅い家」の4人きょうだいの末っ子で、好き勝手に育った[2]。名古屋市交通局に勤務していた父のすすめで[要出典]7歳からスケートを始める[3]。選手としては国体少年の部、インターハイで優勝経験があるほか[3]、全日本選手権やインカレで入賞するなど国内で活躍する[4]。金城学院大学卒業後[5]、愛知県スケート連盟の手伝いに駆り出されているうちに「これが一生の仕事になるとも思わず(中略)軽い気持ちで」コーチの道へ進んだ[6]。
伊藤みどり、浅田真央ら国際大会で活躍した多くの選手たちを輩出した世界的な名コーチ[7]。伊藤みどりとの出会いは伊藤が5歳のころ[8][9]で、「家庭環境が恵まれない子だったので、スケートでご飯を食べていけるようにしてあげたい」という思いから自宅に引き取って育てた[10][11]。現在は村上佳菜子の指導にあたっている[12]。
コーチを始めたころから普及に力を入れており[13]、自著にライフワークは「底辺拡大」だと綴っている[14]。現在でも名古屋スポーツセンターをホームリンクとするグランプリ東海フィギュアスケーティングクラブのコーチとして子どもたちを初心者から指導している[15][16]。1989年文部省スポーツ功労者賞受賞、2005年文部科学省国際大会最優秀賞者受賞[17]。
ジャンプの指導に実績があるが、自身は「たまたま、ジャンプの好きな子が集まってきたから」だと語っており[18]、3回転アクセルに挑戦する門下生が多いのも特に勧めたわけではないという[19]。スケート技術の指導と同等かもしくはそれ以上に人間性や躾を教え込むことに力を入れており[20][21]、伊藤みどりを輩出するまでは「お姑さんのいる家にいってもちゃんとやっていけるように仕込んでくれる」と評判をとっていた[22]。また、一般的なコーチと違い、選手の親を積極的に練習に参加させ、協力する方針をとっている[23][24]ほか、年長の選手の用具(エッジや衣装)を年少の選手に再活用させる[25][26]ことが特徴として取り上げられる。
その他の教え子には小岩井久美子[27][28]、恩田美栄[29][28]中野友加里[30][28]、大島淳[31]、山崎愛里彩[31]、現在山田のアシスタントをつとめる樋口美穂子[32]などがいる。
[編集] 著書
- 美しく舞うためのフィギュアスケートレッスン(監修、MCプレス、2006年12月、ISBN 4901972685)
- 素直な心が才能を伸ばす!―だれでも結果は出せる(青春出版社、2007年3月、ISBN 4413036379)
[編集] 脚注
- ^ a b c 田村 2010, p. 8
- ^ 山田 2007, p. 182
- ^ a b 山田 2007, p. 179
- ^ 『ワールド・フィギュアスケート 36』新書館、2009年2月、p.76
- ^ 山田 2007, p. 178、奥付の著者紹介
- ^ 山田 2007, p. 179、引用は田村 2010, p. 9より
- ^ 田村 2010, p. 15
- ^ 田村 2010
- ^ 山田 2007, p. 44
- ^ 山田 2007, p. 37
- ^ 田村 2010, p. 10
- ^ 山田 2007, p. 191
- ^ 田村 2010, p. 9
- ^ 山田 2007, p. 38
- ^ 山田 2007, p. 93
- ^ 田村 2010
- ^ 山田 2007, p. 奥付の著者紹介
- ^ 田村 2010, pp. 16-17
- ^ 山田 2007, p. 67
- ^ 山田 2007, p. 134
- ^ 田村 2010, p. 22
- ^ 山田 2007, p. 125
- ^ 山田 2007, p. 114
- ^ 田村 2010, p. 19
- ^ 山田 2007, p. 112
- ^ 『little wings 新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社、2003年12月、p.114
- ^ 山田 2007, p. 57
- ^ a b c 田村 2010, p. 15
- ^ 山田 2007, p. 60
- ^ 山田 2007, p. 64
- ^ a b 山田 2007, p. 88
- ^ 山田 2007, p. 84
[編集] 参考文献
- 田村明子 (2010). パーフェクトプログラム 日本フィギュアスケート史上最大の挑戦. 新潮社.
- 山田満知子 (2007). 素直な心が才能を伸ばす!―だれでも結果は出せる. 青春出版社. ISBN 4413036379.