大韓航空6316便墜落事故

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大韓航空貨物 6316便
1990年代に新東京国際空港(現・成田国際空港)で撮影された事故機
事故の概要
日付 1999年4月15日
概要 パイロットエラー、高度単位の誤認
現場 中華人民共和国の旗 中国上海市莘庄中国語版
乗客数 0
乗員数 3
負傷者数 0
死者数 3 (全員)
生存者数 0
機種 マクドネル・ダグラス MD-11F
運用者 大韓民国の旗 大韓航空貨物
機体記号 HL7373
出発地 中華人民共和国の旗 上海虹橋国際空港
目的地 大韓民国の旗 金浦国際空港
地上での死傷者
地上での死者数 5
地上での負傷者数 42
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大韓航空6316便墜落事故は、1999年4月15日に中華人民共和国上海市から大韓民国ソウル特別市に向かっていた大韓航空貨物6316便(KAL6316、KE6316、マクドネル・ダグラス MD-11F)が、虹橋空港から離陸した直後に墜落し、乗員3人全員と地上の5人が死亡した事故である[1]

事故機[編集]

旅客機時代の事故機

事故機はプラット・アンド・ホイットニー PW4000エンジンを3基搭載したマクドネル・ダグラス MD-11Fでシリアルナンバー48409、登録番号HL7373であった。1992年2月に旅客型のMD-11として製造され、1992年3月24日に大韓航空に納入された。1996年に貨物型のMD-11Fへの改修工事を行った。

事故の経緯[編集]

6316便は86トンの貨物を乗せて、午後4時頃に上海虹橋空港から離陸した。54歳の機長と35歳の副操縦士と48歳の航空機関士が乗務していた。離陸後、副操縦士は管制に連絡し1,500メートル (4,900 ft)に上昇する許可を得た(「コリアンエア6316、左旋回でノーベンバー・ホテル・ウィスキーに直行。1,500mを維持せよ。」"Korean Air six three one six now turn left direct to November Hotel Whiskey climb and maintain one thousand five hundred meters." [2])。
航空業界では高度の単位にはフィートが使用されるが、中国やロシアではメートルが使用されている

6316便が4,500フィート (1,400 m)に上昇すると、副操縦士は機長に許可されたのは1,500フィート (460 m)であり、4,500フィートでは3,000フィート (910 m)も高すぎると話した。そのため機長は操縦桿を急激に押し下げた。機体は毎分34,000フィート (10,000 m)以上の速度で降下した。機体は急降下から回復できず、午後4時4分に虹橋空港の南西10キロにある莘庄中国語版の工業地帯に墜落した。機体は爆発して炎上し3人の乗員と地上の5人が死亡した。墜落の衝撃は近くの地震観測所により記録され、マグニチュード1.6ほどの衝撃だったことが分かった[3]

事故原因[編集]

1999年4月27日、一次調査で、墜落前に爆発や操縦系統の故障はなかったことが明らかになった。2001年6月、中国民用航空局が行った調査によると、副操縦士は高度1,500mを1,500フィートと混同し機長へ高度が高すぎると伝えたために、機長が誤って急降下したと結論付けた[4]

脚注[編集]

  1. ^ (Chinese)“一架飞机今天下午在上海附近坠落”. 新浪网. (1999年4月15日). http://news.sina.com.cn/china/9904/041551.html 2013年12月21日閲覧。 
  2. ^ ASN Aircraft accident McDonnell Douglas MD-11F HL7373 Shanghai-Hongqiao Airport (SHA)”. 2018年8月閲覧。
  3. ^ (Chinese)用科学捍卫尊严──中国民航调查"4·15"韩航坠机事故原因纪实 第二节 寻找证据”. Xu Haiping, Huang Shiqing, Wang Zhide. 2013年12月21日閲覧。
  4. ^ 崔弘烈「上海机场大韩航空事故原因为驾驶员失误」『朝鮮日報』、2001年6月6日。2013年12月21日閲覧。

関連項目[編集]