佛通寺
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| 佛通寺 | |
|---|---|
仏殿 |
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| 所在地 | 広島県三原市高坂町許山22 |
| 位置 | 北緯34度27分22.59秒 東経133度1分35.6秒 |
| 山号 | 御許山 |
| 宗派 | 臨済宗佛通寺派 |
| 寺格 | 本山 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 創建年 | 1397年(応永4年) |
| 開基 | 小早川春平、愚中周及(開山) |
| 札所等 | 中国三十三観音12番 安芸三十三観音25番 山陽花の寺21番 |
| 文化財 | 含暉院地蔵堂・絹本著色大通禅師像(国の重要文化財) 木造佛通禅師坐像・佛通寺文書ほか(県重要文化財) |
佛通寺(ぶっつうじ)は、広島県三原市にある寺院で、臨済宗佛通寺派の本山。山号は御許山。本尊は釈迦如来。中国三十三観音霊場第十二番札所、山陽花の寺二十四か寺第二十一番札所。
紅葉時期の景観はすばらしく、県内屈指の紅葉の名所として多くの参拝者や観光客が訪れている。
御詠歌:わがつみを お許しうけて 今日よりは 仏にかよう こころうれしき
目次 |
歴史 [編集]
この寺は、1397年(応永4年)小早川春平の開基、愚中周及の開山により創建された寺で、1409年(応永16年)には紫衣の着用が許されている。1416年(応永23年)には愚中派として臨済宗の中で一派を形成し、足利将軍家の祈願所となるなど帰依を得た。小早川氏のほか、毛利氏の保護も受けている。1905年(明治38年)には天龍寺から独立して臨済宗佛通寺派を称し、その本山となった。
文化財 [編集]
重要文化財(国指定) [編集]
- 佛通寺含暉院地蔵堂 附:須弥壇 応永13年(1406年)建立
- 絹本著色大通禅師像 附:紙本墨書大通禅師墨蹟、紙本墨書大通禅師消息
広島県重要文化財 [編集]
- 木造佛通禅師坐像
- 木造大通禅師坐像
- 紺紙金泥細字法華経 附:木製漆塗六角経幢
- 佛通寺文書
- 佛通寺正法院文書
- 金剛般若波羅密経版木
- 延命地蔵菩薩経版木
登録有形文化財 [編集]
- 多宝塔 開山堂脇に立つ。昭和初期の建築で、軒周辺の材料に反りをもたせせ、整った塔姿が特徴の近代の多宝塔。
広島県天然記念物 [編集]
- イヌマキ
所在地 [編集]
広島県三原市高坂町許山22