ヴィクトル・イシャエフ

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ロシアの旗 ロシアの政治家
ヴィクトル・イシャエフ
Виктор Иванович Ишаев
Ишаев.png
生年月日 1948年4月16日(66歳)
出生地 ケメロヴォ州セルゲーエフカ
出身校 ノヴォシビルスク水運技術大学
前職 ハバロフスク地方知事
極東連邦管区大統領全権代表
所属政党 統一ロシア

任期 2009年4月30日 - 2013年8月31日
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ヴャチェスラフ・シュポルト・ハバロフスク地方知事(左)、ヴィクトル・イシャエフ(中央)、ドミートリー・メドヴェージェフ大統領(右)(2009年撮影)

ヴィクトル・イワノヴィチ・イシャエフロシア語: Виктор Иванович Ишаев、ラテン文字転写の例:Victor Ivanovich Ishaev1948年4月16日 - )は、ロシア政治家経済学者。ロシア極東ハバロフスク地方知事極東連邦管区大統領全権代表、同大統領全権代表兼極東開発大臣(極東発展大臣)を歴任した。ロシア科学アカデミー通信会員。ケメロヴォ州セルゲーエフカ出身。

経歴・人物[編集]

1979年ノヴォシビルスク水運技術大学を卒業する。1988年から1990年までハバロフスク精練所アルミニウム建設の責任者を勤める。1991年ハバロフスク地方知事に当選する。2003年ロシア下院選挙に与党統一ロシアから比例区で立候補するが、落選している。 2009年4月30日極東連邦管区大統領全権代表に就任した。2012年5月21日 、新設された極東開発省も兼任することになった[1]

2012年7月3日オリガ・ゴロジェツ副首相とともにドミートリー・メドヴェージェフ首相に同行し国後島を訪問した[2]

2013年2月28日から3月1日東京で行われた「日本・ロシアフォーラム」(毎日新聞社ロシア新聞開催)にロシア側代表として参加、特別講演を行った[3]

2013年8月31日、プーチン大統領はイシャエフを極東発展相と極東連邦管区大統領全権代表から解任し、後任の全権代表に元天然資源相ユーリ・トルトネフを任命した[4][5]。解任の理由については、2013年8月のアムール州洪水被害に対する引責人事との見方の他[4]、極東地域開発におけるイシャエフの運営方法が中央と対立したためとの見解もある[6][7]

脚注[編集]

  1. ^ ラブロフ外相ら主要閣僚留任=極東発展相を新設-プーチン政権 時事ドットコム2012年5月21日
  2. ^ (日本語) メドベージェフ首相、国後島へ到着 「ロシアの領土にとって重要な一部」”. MSN産経ニュース (2012年7月3日). 2012年7月3日閲覧。
  3. ^ (日本語) ロシア極東開発を重視 発展担当相、日本に期待”. 47news (2013年2月28日). 2013年11月4日閲覧。
  4. ^ a b “ロシア極東全権代表にトルトネフ氏”. MSN産経ニュース. (2013年8月31日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130831/erp13083119530001-n1.htm 2013年9月11日閲覧。 
  5. ^ (日本語) 露大統領:イシャエフ極東発展相を解任 ”. 毎日jp (2013年8月31日). 2013年11月3日閲覧。
  6. ^ “露極東の有力政治家解任 国家の命運をかけた極東開発プロジェクトは「クレムリン直轄事業に」”. MSN産経ニュース. (2013年9月3日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130903/erp13090320050003-n1.htm 2013年9月11日閲覧。 
  7. ^ 望月喜市 (2013年9月7日). “イシャエフ解任事件の行方 (PDF)”. NPO法人 ロシア極東研. 2013年9月11日閲覧。

外部リンク[編集]

先代:
ヴァレンチン・ドゥビニン(代行)
ハバロフスク地方知事
2001年 - 2009年
次代:
ヴャチェスラフ・シュポルト
先代:
オレグ・サフォーノフ
極東連邦管区大統領全権代表
2009年 - 2013年
次代:
ユーリ・トルトネフ
先代:
初代
ロシア極東開発大臣
2012年 - 2013年
次代:
アレクサンドル・ガルシカ