ワード号事件

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ワード号事件(ワードごうじけん)とは、日本海軍航空隊の真珠湾攻撃前に、日本海軍所属の特殊潜航艇がアメリカ海軍所属のウィックス級駆逐艦ワード」(発音は「ウォード」がより近い)に攻撃、撃沈された事件。

事件の経緯[編集]

駆逐艦ワード。

1941年11月25日にはルーズベルト大統領は、キンメル(海軍大将・米太平洋艦隊司令長官兼合衆国艦隊司令長官)に、日本の攻撃が差し迫っているという警告を与えており、これを受けてキンメル大将は日本軍による奇襲を警戒し「国籍不明の敵対的行動にも躊躇せず攻撃せよ」との事前通告を出していた。

12月7日(日本時間1941年12月8日)先述した特殊潜航艇がアメリカ領海内のハワイ・真珠湾周辺にある航行制限区域に侵入していた。現地時間12月7日午前6時40分(日本海軍航空隊雷爆撃開始直前)に、先述したウィックス級駆逐艦であった「ワード」(艦長G・E・デービス大尉)が同区域においてその特殊潜航艇を砲撃および爆雷攻撃した。これは日本海軍の空爆開始の少なくとも45分以上前になされた。

同艦では4インチ砲が命中し、その後海上に重油様のものが流出したのを視認したため標的を撃沈したものと判断したが、正確な戦果としては不明であったため、アメリカ海軍でも現在に至るまで公式の戦果として認められていない。(2002年8月、ワード号乗員の証言通り潜航艇が司令塔に4インチ砲弾を被弾し真珠湾の沖4.8km、水深400mの海底に沈んでいるのが61年ぶりに確認されている。発見された潜航艇は、海底史跡として引き上げないこととなっている。)

なおここで「航行制限区域」とは、米国籍であっても潜水艦の潜航が完全に禁止される区域のことであり、艦の一部と潜望鏡だけを海上に出して航行していた特殊潜航艇はそれだけで敵対勢力に属する艦船であると判断された。実際特殊潜航艇は領海侵犯の状態で、明らかに攻撃の意思を持って真珠湾に向かって進撃しており、仮にこれを警告なしに砲雷撃したとしても、国際慣習法上これは正当な防衛行為(不審船の撃沈)に相当すると解される。

なお、ワード号は攻撃直後「未識別の潜水艦」を撃沈した旨を真珠湾の太平洋艦隊司令部に打電したが、同海域では鯨などに対する誤射がしばしばあったことからその重要性は認識されず、また通報自体暗号文での送信であり平文への展開に手間取ったこともあり、キンメル大将への報告は大きく遅延、日本軍の奇襲を事前に察知する機会を逸した。

なお、日本陸軍は日本時間12月8日午前1時30分(ハワイ時間午前5時30分)にはマレー半島に上陸しており、これはワード号事件よりも早く、太平洋戦争の戦端はこちらとなる。

なお、ワード号は高速兵員輸送艦(APD)に改装されて太平洋戦争に投入されたが、事件からちょうど3年目の1944年12月7日、レイテ島攻略作戦に参加中にオルモック湾日本陸軍特攻機の攻撃を受けて大破し、僚艦「オブライエン(DD-725)」の砲撃により撃沈処分された。奇しくも「オブライエン」の艦長は事件当時に「ワード」の艦長だったデービス少佐であった。

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