リチャード・エドモンド・リング

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リチャード・エドモンド・リング

リチャード・エドモンド・リング(Richard Edmund Lyng, 1918年6月29日 - 2003年2月1日)は、アメリカ合衆国政治家共和党に所属し、ロナルド・レーガン政権で第22代アメリカ合衆国農務長官を務めた。

生涯[編集]

1918年6月29日、リチャード・エドモンド・リングはカリフォルニア州サンフランシスコにおいて誕生した。リングは1940年ノートルダム大学を卒業した。卒業後はカリフォルニア州の自宅に戻り、父親の種子加工業の手伝いをした。第二次世界大戦中、リングはアメリカ陸軍に従軍した。リングは太平洋地域での戦闘に参加した。リングは1945年中佐として軍を退いた。

1949年、リングは父親が経営していた種子加工会社 Ed. J. Lyng Company 社を引き継ぎ、社長に就任した。リングは1967年まで同社社長を務めた。また1953年、リングはカリフォルニア州種子協会の会長にも就任した。

カリフォルニア州農務長官[編集]

1966年、リングはカリフォルニア州から連邦上院議員に立候補したが、敗北した。リングが公職に立候補したのは、これが唯一であった。同年、リングはカリフォルニア州知事に立候補したロナルド・レーガンを支持した。リングは農業問題の顧問役としてレーガンを支援した。そして1967年1月、レーガンがカリフォルニア州知事に着任すると、リングはレーガン知事から農務副長官として任命を受け、間もなく農務長官に昇任した。リングは1969年までカリフォルニア州農務長官を務めた。

アメリカ合衆国農務次官補[編集]

1969年リチャード・ニクソンが大統領に就任すると、リングはニクソン新政権で農務次官補として打診を受けた。リングはマーケティングおよび消費者問題担当として着任し、ニクソンが大統領を辞任する1973年まで農務次官補を務めた。1973年からはアメリカ食肉協会の会長を務め、内国の農業政策に強い影響力を与えた[1]

アメリカ合衆国農務長官[編集]

1982年ロナルド・レーガン大統領はリングを農務副長官に任命した。リングは約1年で農務副長官を辞任し、Lyng and Lesher Inc. 社の顧問役に就任した。だが1986年、レーガン大統領はリングを呼び戻し、農務長官のポストを与えた。1989年、リングはレーガン大統領の任期満了に伴い、農務長官を退任した。

晩年[編集]

2003年2月1日、リングはカリフォルニア州モデストにおいて、パーキンソン病による併発症で死亡した。

注釈[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
-
アメリカ合衆国農務次官補
(マーケティングおよび消費者問題担当)
1969年3月3日 - 1973年1月23日
次代:
クレイトン・キース・ヤイター
先代:
ジェイムズ・H・ウィリアムズ
アメリカ合衆国農務副長官
1982年2月5日 - 1985年1月18日
次代:
ジョン・R・ノートン3世
先代:
ジョン・ラスリング・ブロック
アメリカ合衆国農務長官
1986年3月7日 - 1989年1月21日
次代:
クレイトン・キース・ヤイター