ユゲット・ドレフュス

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ユゲット・ドレフュスHuguette Dreyfus, 1928年11月30日 ミュルーズ - )は、アルザス出身のフランスチェンバロ奏者。

略歴[編集]

クラヴサンを演奏するドレフュス

4歳でピアノの学習を始める。1946年に名ピアノ教師のラザール・レヴィに師事。バッハの死後200周年である1950年に、パリ国立高等音楽院ピアニストのノルベール・デュフォルクにバッハ作品の解釈について特別講座を受け、さらに4年間パリ音楽院に在籍する。ピアノの学習に加えて、キジアーナ音楽院にて、チェンバロ復興者のワンダ・ランドフスカの門弟ルッジェーロ・ジェルリンにチェンバロを師事する。その後1960年ジェノヴァ国際チェンバロ・コンクールで優勝し、古楽、とりわけルネサンス音楽や、フランス・クラヴサン楽派の作品の復活における第一人者となった。

ドレフュスの愛用楽器は、ドイツ人楽器製作者ヨハン・ハインリヒ・エムシュによるチェンバロのレプリカである。エムシュの最良の楽器は、18世紀のパリで製造され、しばしばブランシェによるクラヴサンと比較されてきた。

スコラ・カントルムパリソルボンヌ大学リヨン国立高等音楽院にて教壇に立ち、サン=マクシマン=ラ=サント=ボーム(エクス=アン=プロヴァンス)の国際古楽アカデミーにおいてオルガンと古楽を、またヴィルクローズ古楽アカデミーにおいても教鞭を執ってきた。門下には、クリストフ・ルセオリヴィエ・ボーモンらの重要な古楽器奏者を擁している。パリ国際チェンバロ・コンクールの審査員の一人でもある。

数々の演奏会やマスタークラスのほか、録音においても数々の演奏家と共演を重ねており、エドゥアルト・メルクスクリスティアン・ラルデルチアーノ・スグリッツィルイージ・フェルディナンド・タリアヴィーニピエール・ブーレーズアンドラーシュ・アドリヤンジャン=ピエール・ランパルらと活動を共にしてきた。